わたしたちだけの文化祭(9)
――文化祭もいよいよ閉会を迎え、最後は給養部の出し物を兼ねた打ち上げを行うことに。
「おいでやす〜! 音萌メイド喫茶へようこそっ!」
打ち上げは、そんな米来の出迎えの挨拶から始まった。
「わぁ〜! 米来先輩、かわいいです!」
せつなはメイド姿の米来に目を輝かせ、「せつなの言ってたメイド喫茶ってこれのことなのか。なるほど、かわいらしいな」と、その隣で奈子は微笑ましくしながら納得していた。
全生徒は給養部に集まり、テーブルに並べられた米来と歩煎が用意した料理を各々楽しんでいた。
せつなは異能部のメンバーと料理を選ぶ中で、ふと隅で静かに佇んでいる茉莉が視界に入った。
「奈子お姉ちゃん、わたし……」
せつなに呼びかけられた奈子は、せつなの想いを察したか、「ああいいよ、行っておいで」と優しく見送った。せつなはジュースを入れたコップを二つ持ち、茉莉の元へ駆け寄っていく。
茉莉はすぐにせつなに気づき顔を上げた。せつなは笑いかけ、「茉莉ちゃん。はい、これ」と、ジュースを手渡す。
「別にいいのに。……ま、ありがとね」
茉莉はそう言って、ジュースをひと口飲んだ。
せつなは茉莉の横に立ち、壁にもたれかかりながら、会話を切り出す。
「茉莉ちゃんはさ、今日は文化祭どれが一番楽しかった?」
「……別に。みんなそれぞれ個性があってよかったと思うわ。保健部はやっぱりアウトだと思うけどね」
「あはは、さすがそのあたりは生徒会だねっ」
「当然よ、あんなハレンチなの許せないわ。……ま、あとはアンタの異能体験……も、すごかったわよ」
「……えへ、ありがとう」
一旦、会話が止まる。
ジュースの中で徐々に溶ける氷がカラコロと優しく音をたてる中、再びせつなは話をはじめた。
「……茉莉ちゃんさ、あの……文化祭で少し元気、出た?」
「……はぁ?」
「いや! ほら、その……い、いろいろあったから……」
口ごもるせつな。茉莉はせつなの気がかりを察したのか、ため息をついた。
「そんなの、アンタが気を揉む必要ないじゃない。……それに、その件はもうだいぶ折り合いもついてきたから平気」
「でも、やっぱりまだ茉莉ちゃん、元気ないときあるかな……って」
「……それは」
茉莉は目を伏せ、同様にせつなも俯いてしまう。周囲の賑やかな声は、二人の間にとっては小さなバックグラウンドでしかなかった。
「……何かまだあるの?」
「……別に、ないわよ」
せつなが首を傾げたとき、「せつなさん、茉莉さ〜ん!」と、料理を持ったくるるが入ってきた。
「せっかくですのでいっしょに食べましょうよ。唐揚げにポテトフライに……あとコロッケと天ぷらも持ってきました!」
「アンタ意外と油もの好きね……」
茉莉は呆れた視線をくるるへ向けた。
くるるは「脂質はホルモンの材料になったりしていいんですよー」とひと言添えてから、茉莉を見つめた。
「……茉莉さん、わたしは異能も何も使えませんが、それでもずっと茉莉さんの味方でいますから。同じクラスとして……ううん、友達として」
くるるは優しく笑いかけた。
「わたしもそうだよ! 茉莉ちゃん、何かあればさ、わたしたちに相談してほしいな」
続いて、せつなもそう話した。
茉莉は目を伏せ、唇を震わす。
「……ありがとう」
しかし、顔を上げた茉莉は悔しげに眉を顰めていた。
「でも、ごめんなさい。アタシ、何もできなくて……」
「何もできないって、なんの話し?」
「……それは」
茉莉が言いかけたとき、わぁ、という感嘆の声が部屋の中に響いた。見れば、ケーキを持ったメイド服姿の歩煎が場に登場していた。
「ひゅ〜、歩煎ちゃん、かわいい〜」
「写真撮っちゃお!」
亜仁と林檎は早速歩煎をからかっていた。歩煎は二人を睨みつけ、さらには恨むような視線を米来へ向けるが、米来は華麗にそんな視線を無視して、「ほな、ケーキでも食べよか!」とみんなに呼びかけていた。
「此乃、話聞いたであります! 歩煎は物を大きくする異能使えるようになったって! 歩煎、そのケーキおっきくするでありますよ! そしたら何倍もケーキを楽しめるであります!」
此乃は歩煎に催促したが、歩煎は「使えるかわからんし……」と自信なさげだ。
「ダメですよ、此乃。異能は基本使用禁止です。あなただけは制御できないので特例として許されていますが……」
咲は此乃にそう注意するが、此乃は頬を膨らませて、今度は華乃のほうへ向かった。
「お姉ちゃん、おっきくする異能くらい、いいでありますよね!?」
此乃は華乃に抱きつきながらそう縋った。華乃は此乃を愛おしそうに見つめながら、「……本当はダメですけれど」と前置きし、こう言う。
「今日くらいは特別に許しますわ。せっかくの文化祭なんですから、みなさま楽しみましょう」
此乃はバンザイをし喜び、「歩煎、聞いたでありますか! 異能を使えであります!」と命令する。歩煎は「えらそうに……」と言いつつ、ケーキの前に両手を翳した。
「ボク、まだ異能の感覚とか、わからないのに……」
歩煎は不満を洩らし、目を瞑る。次の瞬間、ケーキはひと回り、ふた回りと大きくなり、巨大なケーキができあがった。
歓声をあげる一同。
米来と歩煎はその大きなケーキを切り分け、みなに配り出す。
その様子を見ていた茉莉は、言いかけていた言葉を飲み込んで、
「……ケーキできたみたいだし、食べましょ」
と、せつなとくるるを誘った。
せつなとくるるはうれしそうに頷き、二人はそれぞれ茉莉の手を引いてケーキを囲む輪へと連れ込む。
「……あったかい手」
茉莉は二人の手を、そっと握り返していた。