量産型少女――コピー・ガール――(16)
茉莉はヴァッフェの手を払い、数歩後ろに下がり距離を取る。
「……お姉ちゃん、ごめん」
茉莉は言う。
「せっかく会えたけど――お姉ちゃんとはここで決着をつけるしかない」
ヴァッフェは上着を直しながら、茉莉を見つめ返した。その表情には、諦めの色が浮かんでいた。
ヴァッフェは再びナイフを握る手に力を込めたとき、可憐な声が二人の間へ入り込む。
「――白咲さん、よく言いました」
瞬間、ヴァッフェの握るナイフの刃がありえないほどに歪み、ヴァッフェは驚きのあまりナイフを地面に落とした。
ヴァッフェは視線を茉莉から外し――この場に登場した華乃へ向ける。華乃は右手に作られた握り拳を解き、ヴァッフェを一瞥した。
「……あーあ。またナイフ、ダメにされちゃった」
「ナイフが消えないのを見るに、それはコピー品ではなく本物のようですわね。ほかに武器は持ってらっしゃる?」
華乃はヴァッフェを見つめたまま、左手で指を鳴らす。
鈍い金属音が響き、ヴァッフェは青ざめた様子でゲハイムニスのほうを見ると――奴の頭は、一枚の紙切れのごとく潰されていた。
そのせいで、仰向けに倒れるゲハイムニス。
戦っていたせつなは驚き、身体を硬直させていた。
「――尾張さん。今のうちにフラウドストーンを回収なさい」
華乃はヴァッフェから目を離さない。
華乃の指示を受けるも、呆然としてしまうせつなだったが――すぐに我に返り、ゲハイムニスの腹に鎌を振り下ろそうとする。
「――ダメっ!!」
ヴァッフェは悲痛な叫び声を上げた。思わずせつなの動きも止まる。
それからヴァッフェは周辺を見回した。気づけば自身が多数の人――そう、それぞれ武器を構えた学園生徒たちに取り囲まれていたのだ。
「……すごいね。みんな殺されずにここまで残ったんだ」
皮肉交じりの吐き捨てるような物言い。
「わたくしがいる限り、誰も殺させはしませんわ。あなたは負け戦に挑んでいただけなのです。誰も勝てるわけがない――このわたくしに」
絶対的な自信。強さの自負。華乃の言葉の端々から、その圧倒的な風格が伝わっていくる。
華乃はヴァッフェを見据えたまま、呆然とするせつなへ声をかける。
「何をしているのです、尾張さん。さっさとフラウドストーンを回収なさい……いずれ、ゲハイムニスの自己再生が始まり、また動き出してしまいますから」
声をかけられたせつなは我に返り、再び鎌を握る手に力を込めようとしたが、さきほどのヴァッフェの反応を気にかけてしまって、上手く力が入らない。
せつなは、ヴァッフェをもう一度見やった。
ヴァッフェの悲しげな瞳からは、「それ以上触らないで」と、懇願しているように思えた。
だが、目の前のゲハイムニスは散々学園を荒らしてくれたのだ。学園だけではない、あの雷門襲撃のときだってそうだ。無関係な人々を危険な目に合わせたのだ。
そんな奴を――ただ生かしてはおけない。
「……ごめんなさい」
せつなは言って、鎌を振り下ろした。
ヴァッフェの瞳に光が消える。
せつなは、流れ出る黒い血液に手を入れ、腹の奥にあるフラウドストーンを回収した。
せつなにとって、初めて触れるフラウドストーン。
「尾張さん、よくやりました。さあ、そのフラウドストーンをわたくしに」
せつなは言われるがまま、華乃にフラウドストーンを手渡した。今、ヴァッフェがどんな目を向けているのか、せつなは知りたくもない。
「黒く輝いて、素敵な色ですわね」
華乃はフラウドストーンをウットリとした表情で見つめ、またヴァッフェを見やった。
「ねぇあなた――もうこんなことはおやめになって。今ならすべて快く許してあげましょう。異能を持つ者同士、手を取り合って生きましょう? 殺し合いなんて物騒なことはやめて、ね?」
華乃がそう語りかけたそのときだ。遠くから地面を踏み鳴らす重い音が聞こえてきた。その音はどんどんと大きくなり、こちらへ近づいてきているようだ。
華乃は片目を瞑り、「……なるほど」と呟いた。
「――異能部と生徒会のみなさまは、すぐさま海岸方面へ移動してください。ソラビトが五体、こちらへ近づいきています。司令部のみなさまは今すぐ部室へ行き、全体の把握と異能部への指示を。機材が使えない場合は即座にわたくしに報告をしてください」
華乃は矢継ぎ早にみなへ指示を出していく。
「保健部は異能部の応急処置がすぐできるように部室へ戻り、体制を整えてください。給養部はヨヨさんを連れて体育館へ避難をお願いしますわ」
「――了解!」
指示を受けたみなは戸惑いの様子を見せていたが、声を揃え返答し、それぞれ言われたとおりに行動を始めた。
『会長の指示には問答無用で従う』――すぐに行動できたのは、この学園において無意識に染みついている慣例のおかげなのかもしれない。
茉莉は動き出す前に、もう一度ヴァッフェを見て、一瞬目が合う――しかし、ヴァッフェはすぐに目を逸らしてしまった。
茉莉は何も言わなかった。会っていろいろ話したいこともあったかもしれないが、今はそんなときではない。
だからひと言、茉莉はこう言い残す。
「――さよなら」
ヴァッフェとすれ違いざまに残した、最後の言葉。
かつて姉妹だった二人の関係は、感動の再会に浸ることもなく、過去の思い出を語り合うこともなく、互いの想いは交差せずに、儚くも終止符が打たれる結果となってしまった。