量産型少女――コピー・ガール――(15)
――校庭。
そこにせつなと茉莉はいた。
せつなは自身の武器である大鎌を構え、茉莉もいつでも異能を発動し対抗できるように目の前のゲハイムニスを見据えている。
ゲハイムニスは動き出す――せつなただ一人に向かって。
せつなに向けて放たれる弾丸。せつなは瞬間移動し弾を躱しつつ、ゲハイムニスの背後に回り込み鎌を薙ぐ。
鎌はゲハイムニスの身体を見事に捉えたが――奴の身体を切り裂くことはなかった。ゲハイムニスは素早く重心移動し、身体を裂かれる前に刃から逃れたのだ。同時に奴は、すかさずせつなへ蹴りを入れる。
「きゃっ!」
せつなは避けきれず、そのまま後方へ蹴り飛ばされてしまう形となった。
「アンタって、銃放つ以外のこともできたのね!」
その隙に、茉莉はゲハイムニスへ嫌味を吐きながら飛びかかった。
狙うは右腕部分にある銃か。
茉莉は右腕に手をかけるが、消し切る前に振り切られてしまう。だが、少しであるが右腕は削れている――が、ゲハイムニスは通常のソラビトより遥かに回復力が早いらしく、右腕のダメージはすぐに元通りになってしまう。
「急所を狙わないかぎり、いたちごっこになるわけね」
一方、ゲハイムニスは、茉莉からの攻撃を気にする素振りはまったくない。ただ目標であるせつなへ視線を動かし、銃口を向ける。
せつなはゲハイムニスの動きを察知し、また瞬間移動。ゲハイムニスの目の前まで接近し、腹部に刃を食い込ませる。
「ギギギギギ」
「銃弾より早く動けば、あなたなんて怖くないよ!」
せつなはそのまま刃を下ろし、腹部を裂く。黒い血液――体液と称してもよいが、ここは血液とする――が、腹から流れ出る。
ゲハイムニスにとって致命傷だろうと思えたが、まだ奴は立ちつづけていた。
ソラビトの弱点――腹の奥底にあるフラウドストーンまでは傷をつけられなかったのだろう。
ゲハイムニスの傷はみるみる塞がっていく。せつなはもう一発腹部への攻撃を試みるが、ゲハイムニスの牽制によりそれは叶わない。
それをきっかけにまた追い詰められていくせつな。茉莉も体勢を立て直し、すぐにせつなへ加勢しようと試みるが、そのとき誰かの手が肩に触れ、茉莉は動きを止める。
振り返れば――そこにいたのはヴァッフェだった。
元々は茉莉の姉である――明莉。
その右手には、小さなナイフが握られていた。
「……お姉ちゃん……いえ、ヴァッフェ」
茉莉はヴァッフェの手を振り払い、睨みつける。
「アンタのやり方は間違ってる。突然何も知らない学園の子たちを襲って、すべて消そうと考えるなんて。……お姉ちゃんは、そんな酷いことをするような人じゃなかった」
茉莉はさらに訴えかける。
「まだ選択肢はあるはずよ。誰も犠牲にならずに、争いごともなくなるような平和な世界になるための道だってあるはず」
ヴァッフェはそれを聞き終えると、静かに否定の意を示した。
「茉莉。誰の犠牲もならずして、平和は生まれないのよ」
その口調は、妹に語りかける優しい姉そのものだった。
「誰かが礎となって終わらせないといけないの。それが異能使いなだけ」
「そんなことないわ。そんなこと……」
「異能は少女までしか使えないって、茉莉も知っているでしょう? いくらせつなが時間を操り、『身体を再生させる力』を持ってしても、彼女が満15歳を迎えたとき――果たして彼女は、彼女のままでいられるだろうか」
ヴァッフェの問いかけに、茉莉は答えない……否、答えられないのだろう。
「もし彼女が彼女でなくなったとき、誰が彼女を止められるだろう? 時間を操る彼女を。無限に再生を可能とする彼女を。……誰も止められないかもしれない。それこそ、世界中の人々が『せつな』という兵器によって殺されていくかもしれない」
ヴァッフェの語りは、ゲハイムニスとの戦闘で手いっぱいのせつなの耳に届くことはない。
「わたしはそれも懸念しているんだよ。少女のうちに芽を摘めば、被害は最小限で済むんだ」
ヴァッフェは続けてこう話す。
「みんなには、わたしのようにもなってほしくないしね」
ヴァッフェはそう言い、おもむろに上着の前を開けて見せた。
茉莉は目を丸くした。胸にはポッカリと穴が空いており、そこには丸い緑色の球体が埋め込まれてきた。
「……何、それ」
「卒業を迎えたあとわたしは、ある場所へ連れていかれたの。そこでまあ……いろいろされて――最終的に、わたしは生まれ変わらされた」
ヴァッフェは胸の球体を撫でる。
「わたしに心臓はない。代わりにこのよくわからないものを埋め込まれたんだけど……これのおかげでわたしはソラビト化せずに今も生きていられるみたい。これで見事、会話のできる兵器を作り出せたらしいんだけど、三年間しか持たないんだって」
ヴァッフェは力なく微笑んだ。
「今も長期的な運用のために、研究が行われてる。わたしは少女のまま兵器化させた実験の初の成功例らしいけど……わたしはこんなこと頼んだ覚えはないし、しかもこれ、すっごく痛いの」
ヴァッフェは茉莉の手を取る。
「これ以上誰も理不尽な目に合わせられない。奴らの手に渡らなくとも、異能使いたちはいずれソラビトになって、望んでもいない兵器と化してしまう。だから、異能使い全員が死ぬしかないの。これ以上不幸になる前に、ここですべてを終わらせる」
ヴァッフェの意志は本気だと、瞳を見れば明らかだ。だが、茉莉はまだひとつの疑問があった。
「仮に異能使いがいなくなったとしても、いずれまた異能使いが生まれてくることはないの? もし産まれてきたら、また同じことを繰り返すの?」
ヴァッフェは「それは……」と言って、押し黙ってしまった。
それは、また異能使いが現れる可能性を完全には否定できないと言いたげだった。
「異能使いがなぜ誕生したかは、未だ解明されてないわ……でも」
ヴァッフェは言い訳がましく、そう前置きしてから話す。
「――わたしは、『今』を止めたいだけ」
誰の意見も耳を傾ける気はない――その意思が、放たれたひと言に強く込められていた。