量産型少女――コピー・ガール――(13)
「だいぶ体力が消耗しているのではないかしら?」
学園の屋上にて、華乃はそう言葉を投げかけた――自身の目の前にいるヴァッフェに。
「しかし、驚きですわ。こんなに大量のコピーを作り出してもなお、立てる体力が残っているのですから」
「……当然。だってわたし、もう、人間じゃなくて兵器だもの」
途端に、華乃は見透かした笑みを浮かべる。
「だけれど、痛みは感じいるでしょう」
「……」
図星か、ヴァッフェは唇を噛んだ。
「兵器だなんて、自分を卑下しないで」
緊迫した状況に関わらず、華乃は優しく語りかける。
「かわいそうに。国の都合に振り回されて、ちょっとほかの人よりも秀でていただけで目をつけられて、駒にされて」
「……っ!」
華乃はゆっくりと、警戒心の隙間をすり抜けヴァッフェのパーソナルスペースへと踏み入るため、歩を進める。
「――近づくなっ!」
ヴァッフェは堪らずといった具合に叫んだ。
「本当、頑固なのね」
幼い子供を相手しているかのように、余裕を見せる華乃。
「あなたの考えは自己犠牲が過ぎますわ――争いの原因はわたしたちにあり、争いを失くすためには異能使いが消えるしかないと本気で思っているのですから。……でも、そんなことはないのよ」
華乃は説明を続ける。
「異能使いがいなくなったとしても、また別の兵器を作り出して戦争は始まってしまうのです。だって、わたしたちという存在が誕生する前までは、そうやって争いを続けてきたわけでしょう?」
「……それは、でも、今は……」
「あなたは自分の目の前に置かれた問題だけをなくしたいだけなのよ。そのあとのことはまったく見据えていない」
ヴァッフェはもう、何も言い返さなくなっていた。
「――わたくしは違う」
その言葉は何よりも重みがあり、揺らぎが一切ない。
「わたくしは完全に争いのない世界を作り上げることができる。所詮、争いは弱者同士の醜い対立から生まれる――であれば、弱者は全員消えればいい」
華乃はおもむろに右手を上げるや、ギュッと手を握り締め、拳を作った。
刹那、ヴァッフェの右足が潰れるように折れ、ヴァッフェは体勢を崩し倒れ込む。
「ぐっ……ああっ! ……っ!」
ヴァッフェの額に脂汗が滲む。ヴァッフェはなんとか上半身を持ち上げ座る姿勢まで戻り、華乃を見上げ睨みつけた。
「この世に弱者はいらない。選ばれた強者だけがいればいい――つまり、ここにいる学園生徒だけが生きていればいい」
華乃は両手を広げ、高らかに話す。
「わたくしが生徒会長に就任したこの年は、本当に素晴らしい人たちしかいないわ。頭脳明晰な子たち、医療を熟知した子たち、料理を極めた子たち、工学に才能を咲かせる子に、常人にはない特別な力を持つ子たち――そして、人々を牽引するカリスマ性を秘めた子たち……例年とは格が違うのよ」
ヴァッフェは痛みに耐えながらのせいか、息も絶え絶えに口を挟む。
「それは……あなたが生徒会長になって、ただ思い入れのある子たちだけなんじゃないの? 音萌学園の入学の基準は、一貫して変わってな――ぐっ!」
話している途中で、今度はヴァッフェの右肩が潰される。華乃は静かなる怒りを孕んだ視線をヴァッフェに向けながら、握り締めていた右手の力を解いた。
「お喋りがすぎますわよ? 次は頭をいきますから覚悟くださいまし」
「……チートだよね、その異能……」
ヴァッフェはもう右腕と右足が使い物にならなくなり、バランスも保てずに横に倒れた。
「……ひとつ聞きたいんだけど」
ヴァッフェは横向きのまま、ほとんど華乃の顔を見る気も諦めた様子で言う。
「異能は少女までしか使えない……んだよ? 仮にあなたの理想の世界を創り出したとしても、その理想は線香花火と同じ――すぐにみんな死んでしまって、世界は長く持たない」
「あら、そんなご心配をしてくださっていたのね。けれども、その点はご安心ください。『活性化進行薬』は手に入れましたから」
華乃は言って、スカートのポケットから緑色の液体が入った瓶を取り出した。
「『活性化進行薬』……? それがどうしたのよ? それは処女石の進行を早めて、即座にソラビト化させる薬でしょう? それじゃあ、みんな早死していくだけじゃない」
「――わたくしの〈生命搾取〉という異能は、たったひとつ欠点がありますの」
華乃は活性化進行薬を口元に当て、ヴァッフェを見下ろす。
「わたくしの異能は他者の異能を奪う異能ですが……奪うためには、一度相手をソラビト化させなければならないの」
「…………」
「完熟した果実からしか、異能を得ることはできないというわけです」
ヴァッフェの表情に徐々に翳りが見えはじめる。
「ですから、わたくしは今まで欲しい異能を目の前にしても、すぐに手にすることはできませんでしたわ。ただじっと相手がソラビト化するのを待つしか手段がなかった。だけれど、国家は開発したのです。手っ取り早く少女をソラビトに変異させる薬を。国家としては、この薬を適当な少女に飲ませ、ソラビト自体を兵器として活用しよう考えていたようですが……ただのソラビトを従えさせることは難しかったようです」
「……本当、国ってクソね」
「それは同感ですわ」
華乃は同調しつつ、再び薬をスカートのポケットへしまった。
「話を戻しますけれど、つまり、この薬を手に入れたことにより、わたくしはいつでも尾張さんの『時間を操る異能』を手中に収めることができるというわけです。こうして『時間を操る異能』を手にしたわたくしは、フラウドストーン――あなた方でいう『処女石』の時間を止め、永遠に少女のまま歳を取らずに、ソラビトになる心配もせずに、神に選ばれた力あるわたくしたちだけで永遠に過ごすことができるのです」
――これが、わたくしの望む平和な世界。
華乃は胸を張り、そう語った。
「……ソラビトを倒せないこともあるだろうに……随分な自信だこと。それに、それじゃあ……あなたの大切な学園生徒の一人である尾張さんがいなくなっちゃうよ?」
「まずひとつ、わたくしに倒せない相手はいませんのでご安心を。もうひとつ、尾張はいなくならない――わたくしの中で、ずっと生きつづけるのですから」
ヴァッフェは力ない声で、「……狂ってる」と吐き捨て、それから諦めたように仰向けになり天を仰ぐ。
「あーあ……やっぱ、あなたって強敵ね」
「ええ。わたくしは誰よりも強いと自負しておりますわ」
自嘲するヴァッフェとは対照に、表向きだけの笑顔を向ける華乃。
「なら、よかった。初めからあっちへ行っておいて」
華乃は目を細めた――次の瞬間、ヴァッフェは砂状に身体を崩し、すっかり消えてしまった。
「……長いこと身体が持っていたから本物かと思っていましたが……こちらもコピー品でしたか。あのときの煙幕で身を隠したうちに、自身を二体もコピーするとはなかなかやりますわね」
華乃は深くため息をつく。しかし、その顔に焦りはない。すべて想定内の範囲内なのか、それとも、何が起きたにせよ、自身なら解決できないことはないという自信の表れか――。
華乃はゆっくりと目を瞑った。
「あら、やだわ。墨田さんたちが大ピンチ」
華乃は淑やかに、両手をタンと叩いた。