量産型少女――コピー・ガール――(11)
「『――〈量産型少女〉とゲハイムニスは生け捕りなさい。これは、生徒会長命令です』」
「イヒヒッ……! タコ部長、こんなときに何やってるンスか。似てないし、面白すぎッスって、顔!」
学園敷地内の森の中、給養部二人の笑い声が響く。米来は華乃のモノマネをし、歩煎は珍しくそんな米来を咎めることなく、面白がっていた。
「ちょっと! あなたたちこんな状況でなにやってるのよ! 緊張感持ちなさい、緊張感!」
そんな二人を見ていた輪香はたまらず注意した。歩煎はまたいつもの調子で身体を小さくし、「ひっ! ……す、すみません……」と謝るが、米来は「チッチッチッ」と、反省の色を浮かべることなく、人差し指を振る。
「こーいうときこそリラックスが大事や。ガチガチに緊張してても、上手くいかへんやろ」
米来の言い分に、輪香は深くため息をつき頭を抱えた。
それを見ていたくるるは「それにしても……」と話を変える。
「上手くいくでしょうか。あの二人を生け捕り……なんて。だって、ボクらは異能を持たない丸腰の状態なんですよ? ほ、歩煎先輩は異能が使えるようになったみたい……ですけれど……」
と、くるるは横目で歩煎を見た。歩煎の心に、後輩からの頼りない視線が突き刺さる。
癒月はくるるの肩に手を置き、
「まあ、大丈夫よぉ。武具制作部から借りた護身用の武器もあるし♡」
と励ましたが、「でも、武器の扱いなんて無理ですよぉ……」と、くるるはまた弱音を吐いていた。
「くるる、そんな弱気になってちゃダメよ。いつも異能部が外で戦ってきてくれているように、せめて、わたしたちも学園内では頑張るのよ。会長の作戦をしっかり実行しなくっちゃね」
くるるは部長である輪香の言葉に深く頷いた。
「えと……会長は学園の屋上から全体を監視している……って感じなんですっけ。とにかく、ボクらは会長の指示どおりに動けばいいンスよね」
「せやせや。なんやそのイヤホンみたいな通信機、歩煎の分しかないんやから、聞き逃さずにちゃんとウチらにも伝えてや」
「……うぅ、わかってますって……。変にプレッシャーかけないでほしいッスよ。ったく……」
歩煎は米来に文句を言ったときだった、歩煎の耳元にノイズが走ったのだ。
歩煎はイヤホンに手を当て、耳を澄ます。
『こちら華乃です。みなさま、準備はよいですか?』
「はい、給養部と保健部、指定の場所で準備完了してるッス……してます」
歩煎はこの場にいるみなに目配せし、華乃の次の言葉を待つ。
『了解ですわ。現在、本物のゲハイムニスは尾張さんと白咲さんを追いかけ、〈量産型少女〉は一人の状態です。今のうちに彼女を捕らえるのです』
「わ、わかり……ました」
『彼女も尾張さんたちのあとを追おうと、あなた方のほうへと走ってきています。彼女が見えましたら、墨田さん、まかせましたわよ』
華乃にそう言われ、身体を震わせる歩煎。華乃は電話越しに怯える歩煎を察したか、それとも自身の『千里眼』の異能で直接歩煎の姿を確認したのかはわからないが、通信機越しに軽やかに笑うと、落ち着かせるようにこう言う。
『大丈夫です、あなたの周りには仲間がいます。それに、わたくしもこの場からサポートいたしますから』
歩煎は「……はいぃ。が、がんばりま――」と言いかけて、目を見開いた。
視線の先には目標である、〈量産型少女〉――ヴァッフェがこちらへ迫ってくる姿が見えたからだ。
「き、来ちゃった!」
歩煎は声を上げ、場にいる一同は不慣れながらに武器を構える。
「あ、相手はコピーしかできひん奴や! ウチらの力合わせれば、どうってことないで!」
米来の鼓舞に、全員は自身を奮い立たせ立ち向かう。
「作戦どおりにいくわよ! ――癒月!」
輪香は声を張り上げ、呼ばれた癒月は「は〜い♡」と返事し、おもむろにバズーカを撃ち放つ。弾は地面に当たり弾け、中から大量の白い煙幕が発生し、辺りの視界が一瞬で奪われる。
図らずともこの瞬間、ヴァッフェへ煙幕の仕返しをすることとなったのだった。
「うふふ、わたしたちもなぁんにも見えないわねぇ♡」
「な、なんで副部長はそんな余裕なんですかぁ……」
「そんなことよりくるる、把握して!」
輪香に指示され、くるるは作戦の実行に意識を戻し、目を瞑り耳を澄ます。
くるるは僅かな脈動からメディカルチェックを得意としていた。視界を奪われた今であっても、ヴァッフェの心臓の鼓動を聞き分け、居場所を突き止めることは可能だ――というのが、華乃の理論だった。無茶だとくるるは思ったが、やるしかない。必死になって神経を鼓膜へと集中し、明莉の姿を追う。
彼女の鼓動は――ここだ。
「米来先輩! 三メートル前にいます!」
「よっしゃ、きたぁ!」
米来は構えていたパチンコを放つ。視界が見えないのはこちらも同じ。だが、いくら煙幕が張ったといえど、薄らと浮かび上がる人影なら捉えることができる。
果たして、パチンコの弾はヴァッフェに当たったのか。
「残念、ハズレよ」
煙幕はそう長く持たず、徐々に晴れてきた。
ヴァッフェは米来の攻撃を避けており、飄々としていた。
「それはどうかいな?」
米来の返答に眉を顰めるヴァッフェ。次の瞬間、ヴァッフェを外し地面に落ちた弾はさらに弾け飛び、四方八方へ飛散する。
「――なっ!」
「へへっ、鉄子はなぁ! ウチらの武器の扱いなんて信用してへんってこっちゃ! 失敗しても補えるようにしてるんやで!」
ヴァッフェは咄嗟に木の後ろへ隠れ、身を防ぐ。多少傷はできたが、大したダメージにはなっていない。
「バカなやり方を……! そういうアンタたちもダメージを受けるじゃない!」
そう言ったヴァッフェだったが、木の後ろから米来たちを見ると、大きなステンレス材のような盾の後ろに身を隠していた。
「ひぃぃ……う、うまくできてよかったぁ……」
攻撃を予測していた歩煎が、鍋の蓋を巨大化させ、みなを散弾から防いだのだ。
「……『お前の分だけ武器がないから、そのへんの鍋でなんとか凌げ』って、鉄子先輩に言われたときは、さすがに殺意沸いたけど……」
「鍋の蓋も役に立つな!」
恨み言を洩らす歩煎に対し、米来は楽しそうにそう言った。
「ハッ、多少なりとも知恵を使うようね。こっちもちょっとは真面目にやらないとダメそう」
ヴァッフェはそう言いつつ、誰にも聞こえない小さな声で、「……しかし、一人はもう異能使いか」と呟いた。
「……よし、この調子で攻め立てて、なんとかあの子を仕留めるわよ!」
輪香は言い、自身の武器であるトンファーを握り締める。
ヴァッフェは米来たちを囲むように走りはじめた。スピードを上げていく彼女に、米来たちの目は追いつかない。
「……悪いね、みんな」
ヴァッフェは死角に入り込み、ポケットに忍ばせていたナイフを手に取り、その急所を狙う。
「いずれ兵器になるあなたたちも――消さなくちゃならない」
明莉は誰の耳にも届かない謝罪を囁いて、一人目を倒しにかかる。
「――っ!?」
最初にナイフが選んだのは――保健部部長である、輪香の首だった。