量産型少女――コピー・ガール――(10)
ゲハイムニスが奈子の元へ向かう――奈子は素早く双剣を抜き、ゲハイムニスの身体を引き裂いた。
奈子は立ち止まらず、この場から逃げようとするヴァッフェを追いかける。
「……くっ。さすが異能部部長といったところか、倒すのもお早いことで」
「そんなことはない。今のは随分と剣の通りがよかった」
風の異能を使い、さらに走るスピードを上げる奈子。
「もしかすると、コピーを重ねれば重ねるほど、コピー品が弱体化するのでは?」
図星か――ヴァッフェは憎らしげに奈子を睨みつけた。
『物をコピーする』という異能の持ち主であるヴァッフェであっても、走るスピードは飛び抜けて早いわけではなく、そこは普通の少女。異能を使用した奈子はすぐに追いつき、ヴァッフェの肩を掴んだ。
「さあ、今すぐコピー品をすべて消去しろ」
「なんだ? わたしを殺すのか?」
「そうじゃない。会長には生け捕りを命じられている。君は今すぐ異能の解除を……、ッ!」
奈子はそこまで話し、突然咳き込み始めた。
そのせいで身体から力が抜ける。
思わず膝をついてしまう奈子を見下ろすヴァッフェは、ニヤリと口角を上げた。
「そうか、アンタ――時間が近いな」
奈子はなんのことだと思った、『時間』とは――。
「放っておいてもいいが――そのほうが辛いだろう。わたしが一瞬で殺してやる」
そう言ってヴァッフェは懐からナイフを取り出した。
奈子は立ち上がり、剣を構える。
「やめとけ。次また異能でも使ってみなよ……アンタいい加減、最悪の死に方するぞ」
「異能部として選ばれた時点で、わたしは死に方など選ぶつもりはない」
「責任感やば。後悔するよ」
会話を交わす中、互いに互いの目を離さない。
奈子は生け捕りの使命があるため、下手に手を出せない。加えて、自分と変わらない少女の姿のヴァッフェを傷つけることに、正直抵抗を抱いていた。
一方、ヴァッフェも動き出してこない。おそらく、奈子の異能を危惧しているのだろう。
場が拮抗し、緊張感が張り詰めるばかりだった。
――しかし、その空気感を壊すのがひとり。
「よーっす。血の気の多いとこ悪いんだけどさー、アンタ、マジで今大人しく降参したほうがいいよ?」
――きんぎょだ。
その隣にはヨヨが。
ヨヨは幼いながらに、ヴァッフェに対して静かなる敵意を向けていた。
「今、ヨヨっちが肉眼でアンタのことを3秒見ればアンタは死ぬ。アンタが逃げようとしても、きんぎょがこの場からアンタを逃がさない。だからここで観念しろ、みたいな」
きんぎょはすでに異能を使用しているようで、テディベアは刃物をチラつかせている。
ヨヨも同意の元のようだ。目隠しに手をかけ、いつでも異能を発動できるようにしている。
「ひどいなぁ……寄って集ってかわいい女の子をいじめようとするなんて」
ヴァッフェは奈子たち三人を交互に見やったが、逃げ場がないと悟ったのか大人しく両手を上げた。
「――わかった。ここは大人しく引き下がるとしよう」
そう言って、ヴァッフェは何かを地面に投げつけた――次の瞬間、白い煙が辺りを立ち込める。
「っ! 煙幕か!」
奈子は必死にヴァッフェの影を追う。しかし煙は濃く、まったく彼女の姿を追えない。
煙が晴れたころには、すっかりヴァッフェの姿は消え去っていた。
「コホッコホッ……けむけむ、です。コソクな人……です」
「まあこうなるのも考えとくべきだったかぁ。煙幕で目眩しとか、完全にはなのん対策も兼ねてるもんねぇ。はなのんはあくまで、自分が視認できる物にしか攻撃できないし……」
二人の話を聞きながら、奈子は悔しさで下唇を噛んだ。
取り逃してしまった後悔と、ヴァッフェの肩をせっかく掴んだのに、自分の力が抜けてしまったことに憤りを感じていた。
「……すみません。せっかく奴に接触することができたのに」
奈子はきんぎょの目の目を真っ直ぐ見れなかった。
「ん。しょうがないよ〜。みんなだってついてるし、はなのんだって見守ってくれてる。なんとかなるっしょ」
奈子の肩に手が置かれる。顔を上げると、きんぎょがこちらを優しく見つめてくれていた。
「奈子っちは、もう異能は使っちゃダメ。安静にしていて」
奈子は目を見開き、懇願する。
「でも、こんな状況でただじっとしているなんて……お願いです、わたしはせつなを守り――」
「せっつーのことが大事なら、なおさら安静にしなきゃダメでしょ?」
「……そんなこと……」
きんぎょは奈子の頭をポンと軽く撫でると、テディベアを背負った。
再び奈子を見て、言う。
「とにかく、きんぎょたちはせっつーのところへ向かおう。道中ゲハイムニスのコピー品と遭遇することがあれば、きんぎょがすべて片づける」
ヨヨは頷く。
奈子も今は、静かにそれを聞き入れるしかなかった――自分の不甲斐なさを、内心ひどく責め立てながら。