量産型少女――コピー・ガール――(8)
体育館にみなが集う一方で、せつなと茉莉は海岸沿いを見回っていた。
もう夕日が顔を見せはじめ、刻一刻と夜が近づいてきている。
「このあたりにはソラビト――えっと、ゲハイムニス……だよね――は、いないみたいだね」
「ええ。だけど、必ずどこかに本体がいるはず……。本体を叩かない限り、永遠にコピー品が作り出されてしまうわ」
せつなは頷くと、ふと茉莉が暗く重い表情をしていることに気づいた。
この状況なのだから、そういった表情になるのは当然のことなのだが、それとはまた別に、何か不安を抱いているように見えたのだ。
「茉莉ちゃん、どうしたの? なんか浮かない顔してる」
「……こんな状況なんだから、浮かなくて当たり前じゃない」
「そうじゃなくて! ……なんか、悩んでない?」
茉莉を心配し、顔を覗き込むせつな。
「……悩んでるとかじゃないわ。ただ、嫌な予感がして」
「嫌な予感?」
「そんなわけないと今まで目を逸らしつづけていたけど、この状況を起こしている人物はもしかすると――」
「もしかすると、誰なの?」
せつなの問いに、茉莉は押し黙ってしまう。
「――もしかするとソイツこそが、『白咲明莉』という人物だと思っているのかな?」
不意に割り込んできた、聞き覚えのない声。
せつなたちは突如目の前に現れたゲハイムニスに一気に警戒心を高め、構えを取った。
「――って、ゲハイムニスが喋った……? ソラビトって、喋れるの?!」
驚くせつなに、茉莉は冷静に「違うわ」と諭した。
せつなは横目で茉莉を見れば、冷静を保っているように見せているものの、瞳の奥は酷く動揺しているのだとわかった。
「ああ、ごめんごめん、喋ってるのはわたしだよ」
謎の声の主はそう言うと、ゲハイムニスの後ろからひょっこりと姿を見せた。フードを深く被ったその人は、体つきからせつなたちと同じくらいの少女なのだと推測できた。
少女はフードを外し、素顔を明らかにした。肩下まである長い黒髪に、吊り目が特徴的な少女は、どこか面影のある顔立ちだった。
せつなはすぐに思った――茉莉と、顔が似通っているということを。
「そういえばさっき、白咲って……」
せつなは呟きつつ、茉莉を見た。茉莉は目を見開いて、震えた眼差しで少女を見つめている。
「おねぇ……ちゃん……」
やがて茉莉は、絞り出すようにこう言った。
「……嫌な予感って、当たるものなのね……」
続けて茉莉はそう投げかけると、目の前の少女は「そうだね」と、優しく答えた。
少女は二人と向き合い、笑顔でこう告げる。
「茉莉、久しぶりだね。せつなのほうは初めまして。わたしは白咲明莉、茉莉の姉だよ」
明莉と告げた少女は、一度力ない笑い声を挟んでから話を続ける。
「――とはいっても、それはもう過去の話なんだけどね。わたしはもう、この世に存在していないことになっているから。今ここにいるわたしは『白咲明莉』なんかじゃなく、試験体の『ヴァッフェ』だ」
明莉――もといヴァッフェはゲハイムニスに寄りかかり、せつなを見つめた。
「あなたなの……? 学園を荒らしたり、前に雷門を襲撃したのも、あなたがやったの?」
ヴァッフェはうっすら笑みを浮かべ、静かなる肯定を示していた。
「……なんで、そんなことしたの」
「雷門ではあなた――『時間を操る異能使い』を誘き出すため。あと、ちょっとした国への憂さ晴らし。学園を狙ったのは、国から『学園生徒を消せ』とのご命令。本音を言うと、国家の指示なんて聞く気はなかったけど、不運にも目的が彼らと同じだったからら半分仕方なく乗ってやってるの。でも、この用が済んだら国家も全員始末してやろうと思ってるわ」
せつなは明莉の回答がすんなりと理解できなかった。なぜ国が学園生徒を消そうとしているのか、想像できるわけがない。
方や、茉莉はすべてを悟ったかのように、ダラりと両腕を下げて俯いていた。
「……そう。国はぜんぶなかったことにしようとしているわけね。思うに、もうわたしたちをコントロールしきれなくなった――いえ、わたしたちというよりも会長を、かしら」
明莉は「さすがわたしの妹。察しが早いわね」と相槌を入れた。
「あの金髪女が望む世界は認められない。アイツを止めなければ、世界のほとんどの人間は死ぬことになる」
「な、何を話してるの? 会長がそんな――」
「それは避けたい。この世から消えるべきなのは、異能使いであるわたしたちだけなのよ」
困惑するせつなを無視して、明莉は一人淡々と話を進める。
「戦争の火種は異能使いにある。わたしたちが消えれば――わたしたちという兵器を失えば、国はもう愚かな行いをしようと思わなくなるのよ。だからね、いっそのことわたしたちがキレイさっぱり消え去るしかないの」
諦観した物言いの明莉に、茉莉は、
「そんなことない! 平和を望む訴えをしつづければいつか彼らもわかってくれる!」
と訴えかけた。しかし、明莉にはどうやらその言葉は響かなかったようで、ただ静かに首を横に振られるだけだった。
「訴えるだけムダよ、茉莉。だからね、不安の種はすべて摘み取らなくちゃならないの。それに、最終的に異能使いがどうなるか、あなたは知っているでしょう? たった数十人の命がいなくなるだけで、世界は平和になるのよ」
明莉はそこまで言って、表情に影を落とし、
「……だけどね、あなたが存在していると邪魔なのよ。いくら芽を摘んでも、あなたがいる限りすべて元に戻されてしまうから」
とせつなを軽く睨むと、そのままゲハイムニスの後ろに隠れてしまった。
「だからお願い――世界のために死ね、せつな」
次の瞬間、耳を劈くほどのけたたましい音が鳴り響くと同時に、炎と土埃が舞い上がったのだった。