量産型少女――コピー・ガール――(7)
「あの……此乃は大丈夫ですか?」
体育館にて、咲は不安そうに目の前で此乃の手当てをしてくれている保健部の二人――輪香と癒月にそう投げかけた。
輪香は顔を上げ、「大丈夫よ」と答える。
「ちょっと切り傷を作ってしまっただけ。大事には至ってないわ」
その横で癒月は、此乃の額に優しくガーゼを貼りながら、「傷、残らないといいわねぇ……」と呟いた。
一方、此乃は貼ってもらったガーゼを撫でながら、
「ありがとうであります! 手当てしてもらったから、此乃はもう元気いっぱいでありますよ!」
と、気丈に振舞っていた。
咲は此乃の肩を掴み、少し眉を逆八の字に上げ、こう言う。
「大丈夫じゃありませんよ! ……もう、あんな無茶しないでください。もしあのとき、アイツに撃たれていたら……」
此乃は咲の心配を受け、「でも、今回は撃たれなかったでありますから」と、優しく返してから、「そういえば部長、大丈夫でありますかね……」と、扉のほうへ視線をやった。
「ゲハイムニスに巻き込まれないといいですけど……。まったく、部長のクセに格好つけて、『わたし一人で避難の呼びかけするから、あなたたちは先に体育館へ避難して』なんて……」
咲の乃木羽に対する思いやり態度を見て、此乃は小さく微笑んだ。
「あ、部長に副部長! 先に避難されてたんですね、よかった〜!」
ちょうどそのとき、体育館へ避難して来たのはくるるとヨヨだった。
輪香はくるるの姿を見るなり立ち上がり、腰に手を当てた。
「もう! 遅いわよ! どこほっつき歩いてたの!」
「ご、ごめんなさい〜……。一回職員室に寄ってたりしてたもので……」
くるるが言い訳をしているところに、また体育館の扉を開く音が響いた。
「聞いてや聞いてや〜! 給養部でめっちゃすごいことあってん!」
「部長! 避難するなりその話はいいでしょう……! あの、とりあえずボクもこのほっぺ手当てしれません……?」
――避難して来たのは、学園給養部の二人、米来と歩煎だ。
「あら〜、すごいことって何かしら〜♡」
呑気に尋ねる癒月に、米来は「あんな、歩煎が――」と話をはじめようとしたが、すかさず輪香が「今は雑談はなしよ!」と会話を遮った。輪香は「はいは〜い♡」と呑気に返事しながら、歩煎の頬を手当てしていく。
「それよりも、まだ避難しきれてないのがいるでしょう? 異能部は見回りをしているとして……まだ来ていないのは、生徒会と乃木羽、それに鉄子ね。……生徒会はともかく、乃木羽と鉄子は大丈夫かしら……?」
「ぶ……無事だといいですけど……」とくるるは不安そうに呟いた。
「あの……っていうか、先生も一人もいなくないッスか……? に、逃げ遅れてるとか……?」
恐る恐るといった歩煎の疑問に、くるるとヨヨは一度顔を見合わせた。それから、ヨヨは落ち着いた口調で事実を伝える。
「先生、たちは、もう……いません。職員室、行きましたが、一人もいなく、なってました」
くるる以外の一同は、同時に目を丸くした。
「先生がいなくなったって……どういうことですか?」
咲はヨヨに詰め寄ってから、すぐに自分よりも小さい子に若干ムキになってしまったことを申し訳なく思ったか、半歩身を引いた。
ヨヨは臆することなく、冷静に答える。
「ちゃんと、したこと、わかりません……けど、先生たち、もう戻ってこない、は、わかります。……もう、この、学園は、大人たちに、見捨てられたん、です」
全員が全員、ヨヨの回答に腑に落ちないでいることは明白だった。
しかし、疑問をぶつける場所もない。この事態に困惑する中で、一人の凛とした声が響いた。
「――なぜ、わたくしたちが見捨てられなければならないのか、あなた方は疑問に思っているのかもしれません」
この場にいるみな、一斉に声のしたほうを見やった。
声の主――華乃は一同を一瞥する。その後ろには、連れられてきたであろう乃木羽と鉄子が立っていた。
「なぜ見捨てられるのか、それは大人たちが身勝手だからよ。大人たちはわたしたちを利用しようとしていたけれど、手に負えなくなったゆえにすべてをなかったことにしようとしているの」
「な……なに……? 意味がわからん……」と歩煎は小さく呟いた。
「わたくしたちが子供だからと舐めていたのよ。永遠に従わせていられるものだと思っていたのよ。でも、それは違うのだと彼らはようやく気づいたの。だから、わたしたちを片づけようとしているわ」
咲は眉を顰め、此乃は怯えの色を浮かべていた。
「現在、この島は二体の侵入者により襲撃されています。侵入者の目的はただひとつ――この島にいる異能者の殲滅。それを遂行するために、彼女らは尾張さんを殺そうと企んでいます」
「な……なんで、そこでせつなが出てくるんや?」と、米来は問うた。
「それは、尾張さんが『再生の力』を持っているから。『時間』という、誰にも抗えない絶対的な異能を所持しているからですわ。彼女はまだ異能を完璧に使えていない。未熟な間に始末しようと考えているのです」
輪香と癒月は深刻そうな表情で、互いに視線を交わす。
「わたくしたちは絶対に尾張さんを死守しなくてはなりません。尾張さんを失えば、こちらの完全敗北――そうならないためには、彼女たちを倒さなくてはなりません」
話す華乃の後ろで、乃木羽と鉄子は固く唇を結んだままでいる。
「此乃の予知夢によれば――おそらく、本日の夕刻、尾張さんは彼女たちと接触することでしょう。わたくしたちはそのタイミングを狙い、彼女たちに奇襲をかけるのです」
華乃の闘志が、静かに彼女らに伝播する。
「はなのん〜、とりまゲハムハム倒してきたよー」
そんな緊迫する空気を破るようにやって来たのは、きんぎょだった。その後ろには奈子もついている。
「会長、無事でしたか」
奈子は華乃を見るなり、形式的にそう声をかけ、さらに隣にいる鉄子に目を配ると安心したようにそっと微笑んだ。
「異能部、林檎と亜仁、ただいま見回りを終了し、こちらへ戻りました――って、部長もすでについてたのね!」
「ニャァ」
続いて林檎の声が入ってきた。亜仁の抱えている猫の鳴き声付きで。みなが集合しだしたタイミングで、二人も体育館へ来たようだ。
亜仁は体育館を見回し、「まだここにいないのはせつなちゃんと……茉莉ちゃん、ですか」と部長である奈子に視線を向けつつ呟いた。
奈子は「せつなと茉莉さんには海岸のほうへ行ってもらっている」と端的に答え、会長を見やった。
再びこの場にいる全員からの注目を受けた華乃は、姿勢を崩さずに凛と話す。
「ベストタイミングで、みなさま体育館にお集まりいただけたようです。では改めて、いろいろ疑問がおありかと思いますが、どうか今は現状を打破することを第一に行動願います」
華乃はそれぞれの生徒を一瞥し、こう言い放つ。
「――あなた方は、今から伝えるわたくしの指示に従ってください」
一同は緊迫感の中「了解」と、口を揃え返答したのだった。