量産型少女――コピー・ガール――(6)
『――こちら、ソラケン部! 異能部以外の生徒は直ちに体育館へ避難してください! 異能部は速やかにゲハイムニス――ソラビトの駆除をお願いします!』
唐栗鉄子は一人、学園地下にある武具製作部部室にて、その放送を聞いていた。
幸いにも、ソラビト――ゲハイムニスは地下まで降りてきていないらしい。
最悪、ここまで来ても訓練室へ逃げ込めばいい。あの部屋だけはほかとは違い、異能部が訓練の際、異能を自由に使えるように強度が高く造られているからだ。そこへ閉じこもれば、少しの間は生存できるだろう。
だが、あの部屋に引きこもるだけではいけない。
「こえーけど……みんなのところに行かなくちゃな」
鉄子は護身用に、自身で作った武器の内、銃を手に取りそっと部室を出た。
「目には目を、銃野郎には銃で対抗してやる」
鉄子は自身を鼓舞し、慎重に階段を登っていく。
「あー……こういうときに、異能部のことが恋しくなるぜ。……でも、頼ってばかりにもいかねぇよな」
寂しさと不安を紛らわすようにひとりごとを洩らす――そんなの自分の柄じゃない、なんて内心思いながら。
一階まで上がり、廊下へと出る前に周辺を見回す。運のよいことに、ゲハイムニスは今この場にはいないようだ。鉄子は胸を撫で下ろし、体育館へと向かおうとして、一度足を止めた。
「…………」
鉄子は向かいにある、上階へと続く階段へ目をやった。
そして鉄子は、意を決して体育館とは別の方向である階段を上りはじめた。頭がおかしくなったのではない、鉄子はこの混乱に乗じて、あることを確認しようと企てたのだ。
ゲハムニスとの遭遇に注意しながら、三階まで上がり、ある部屋の前に立った。
鉄子のその部屋――生徒会室の扉を見上げ、「……よし」と呟き、静かに扉を開ける。
中には誰もいなかった。
喧噪も届かない静まり返った部屋では、自身の鼓動だけがやけに耳にこびりつく。
鉄子は生徒会長のデスク――つまり、華乃のデスクへ移動し、置いてあったノートパソコンを開いた。
電源を入れると誰もが予想するように、きちんとロックがかけられていた。
だが、鉄子はそれでは退かない。動揺することなく、慣れた手つきでパソコンを操作し、ロックを突破した。
「パスワードなんて所詮、ハリボテにすぎねぇな」
鉄子はニヤリと口角を上げ、データ内を物色していく。
各部の予算案に関するデータだったり、行事の計画表のデータだったり……フォルダ内には学園に関わる業務ファイルばかりが連なっていた。
「普通には……見えねぇようにしてるか」
鉄子は次に隠しフォルダを表示し、かけられたパスワードも難なくクリアし中身を開いた。
そこでようやく、鉄子は目当ての情報に辿り着いた。
それは、華乃と国家が繋がっている証拠となるデータの数々だ。
鉄子は様々ある資料を読み進めながら、情報をひとつずつ順番に整理していく。
――異能は戦後以来に一部の少女にのみ現れるようになった。
――少女は最長15歳までしか生きることができず、満15歳を迎えたとき、先天的に腹部に宿る『処女石』が覚醒し、ソラビトへと変貌する。
「『処女石』ってのは、たぶん……『フラウドストーン』のことだよな」
「異能は、少女までしか使えない」――これは授業でも習う一般的なことだ。しかし、まさかこの言葉の奥に、こんな理由が隠されていたなんて、鉄子は考えてもみなかった。
知りたくもない事実だった。
だが、知ろうとしたのは自分自身だ。
さらに鉄子は、ある資料に目を止めた。
「『フラウドストーンの兵器化及び人工ソラビト量産計画』……」
鉄子はファイルのタイトルを震えた声で読み上げながら、ファイルをクリックし、中身を覗く。
「――!! これ、雷門で見た……!」
表示されたファイルには、銃のソラビト――ゲハイムニスの写真があった。
その隣には小さく、一人の少女の顔写真が載っていた。
鉄子はその人物を知っている――かつて入学したての自分に、武具製作部のことを教えてくれた、もう卒業してしまった唯一の先輩だった人だ。
「なんで部長が……」
鉄子は資料を読み進めていく。要約すると、ここに載っている少女は過去にソラビト化し、そこから得たフラウドストーンからゲハイムニスという人工ソラビトなる自律式兵器を造り上げることに成功したのだという。
「待ってくれよ……ソラビトの正体が異能使いってだけで、こっちは腹いっぱいなんだぜ。なのに、あのソラビトも元を辿っていけば部長で……そもそも、部長は異能使いだったのか……?」
これ以上事実を知らないでいたい気持ちと、知らなければならない気持ちがせめぎ合う。
「……とにかく国家の狙いはわかった。異能の力を利用して、軍事力を付けようって魂胆だ。きっとそれは、戦争が起きるときのためか、それか起こすときのためか……」
鉄子は悲しいのか、悔しいのか自分でもわからない気持ちだった。
「……会長はすべてを知っている。でも、会長さんは戦争の一手になぜ加担した? 脅されているのか……いや、そうとは思えない。あの会長さんはそんな脅しに屈するような性格じゃねぇし、どっちかっつーと手を組んでいるってのが――」
鉄子は考えをまとめながら呟いていると、まだ見ていない資料があることに気づいた。
「『活性化進行薬』……?」
鉄子がそのタイトルのファイルを開こうとしたとき、
「――そろそろいいかしら?」
と、凛とした声に止められた。
「この学園の生徒はみんな優秀ね。……優秀すぎて手に余るわ」
鉄子は反射的に持っていた銃を華乃へと向けた。それでも焦る気持ちを抑えられず、情けない構えしかできない。
「とりあえず、その銃下げてくれるかしら?」
華乃はそう話すが、鉄子は動けず、銃口を下げることができないでいた。
華乃は小さくため息をつき、軽く手を握った。同時に鉄子が持っていた銃が、まるで紙粘土のようにグニャリと圧縮され、重い音を立て床へ落ちた。
「……っ!」
「秘密を知ってもらったあなたには、この場でこの銃と同じようになってもらいます――なんて、言うわけではありませんからご安心を」
華乃はニコリと微笑むと、カツカツと音を鳴らしながら鉄子へと近づく。
「すでにこのことは、御宅さんと練馬さんには伝えています。いずれ、あなたにもお話しようとは思っていましたが、あなた自らでこの真実を勝手に見てしまうなんて、思いもよりませんでしたわ――ただ、今は他言無用でお願いしますわよ」
華乃の語りには、焦りだとか恐れなどを一切感じなかった。
それは鉄子への信頼か、それとも絶対的な異能の自信の現れか。
「さぁ、こんなところにいないで早く体育館に避難いたしますわよ。司令部で避難誘導を掛けてくれている御宅さんも迎えに行かなくてはなりませんわ。今、先生方はすっかりいなくなってしまって、学園は大混乱な状況なんですの」
「先生らがいない」という言葉に、鉄子は反応する。
「先生がいないって……ど、どういうことだ?」
華乃は微笑み、淡々と答える。
「どうやら国はゲハイムニスと手を組み、わたくしたち全員を始末する気でいるみたいですわ」
――つまり、国家と学園生徒による全面戦争です、と華乃は最後にそう話した。