量産型少女――コピー・ガール――(5)
せつなと茉莉が海岸方面へ向かう一方、教室ではゲハイムニスときんぎょが戦っていた。
「あーもう、倒しても倒してもどこからともなく湧いてくる!」
きんぎょは苛立ちの声を上げながら、迫り来るゲハイムニスへ向けて、テディベア (普段、きんぎょがリュックのように背負っているものだ)を走らせた。
「切り刻んで、ティーちゃん」
「ティーちゃん」と呼ばれたテディベアは手先から刃物を生やし、ゲハイムニスの腹部を切り裂いた。
ゲハイムニスは悲鳴を上げ、床に倒れる前に姿を消していく。
「これも偽物。ほら、次は?」
きんぎょが言うと同時に、まるで話を聞いていたかのようなタイミングで、窓の外から二体現れた。
「何体作ってんの〜……バリ体力あるじゃん」
きんぎょはダルそうに言い、二体相手と対峙する。
「……さすがに、二体同時相手は自信なさげ」
しかし、きんぎょの不安はお構いなしに、ゲハイムニス二体は同時に銃口を向け、発砲を始めた。
きんぎょはすばやく教卓の下へ逃げ込み、ゲハイムニスの様子を伺う。
「ひぃ〜怖い怖い。銃とかズルすぎるっしょ」
きんぎょは呟いて、息を整えながら周囲を観察する。
窓を割って入られたせいで、ベランダ側にはガラスの破片が散っている。
木の板でできている床は銃弾の被害を受けたせいで所々が凹んでいたり、逆に木片が飛び出して隆起している。
机や椅子などの備品もボロボロだ。
「……修繕費、マジでヤバそう」
きんぎょはため息をつきながら、横目で扉のほうを見た。二つある扉はせつなたちが出ていった片方だけが開け放たれたままで、そちらから一直線で逃げられそうだ。
「……よし、片づけるか」
ある程度状況を把握し終えたきんぎょは教卓から身体を出し、再びゲハイムニスと対峙する。
「ほら、かかってみな〜」
のんびりとした口調でゲハイムニスの注意を引く。ゲハイムニス二体ともきんぎょの声に反応した――その背後に回り込んでいるテディベアには目もくれず。
ゲハイムニスよりも早くテディベアは動き、銃である右腕に刃物を振り下ろす。しかし、刃物は通らず跳ね返されてしまい、テディベアは慌てて身を引き距離を取ろうと走り出した。
「ちっ、そこは硬いんだね」
攻撃を受けた一体のゲハイムニスは照準をきんぎょから外し、テディベアへと移す。
一体をテディベアに任せつつ――とは言ってもテディベアを操っているのもきんぎょなのだが――きんぎょは近くにあった椅子を持ち、もう一体のゲハイムニスへ投げつけた。
「ギギッ!」
「きんぎょ、意外と力あるんだよ?」
よろめくゲハイムニスを横目に、きんぎょは素早くその場から離れる。直後、銃声音。きんぎょが移動していなければ、蜂の巣にされていたことだろう。
「つーか、コピー品なのに無限に銃弾出せるとかチート? みたいな」
きんぎょは小言を言いながら、ベランダ側へと移動する。同時にテディベアもきんぎょのそばへと近づいていた。
ゲハイムニスはそれぞれの獲物に釣られ同じ方向へ動き出し、身体をぶつけ足をもつらせた。
さらに運の悪いことに、たまたまその足元は床の損傷で木の板が飛び出ており、一体のゲハイムニスがそれに躓き転び、もう一体も引っ張られるように転倒し、二体はその先にあった、自身がばらまいたガラスの破片の絨毯の上に倒れ込んでしまう。
「ギギギギギギ」
不協和音を共鳴させながら、傷だらけとなる二体。それでも痛みに屈する様子もなく立ち上がってみせるが――
「図体はデカいのに、頭は空っぽ系だね」
――すでに、テディベアは刃物を構え、弱点を討つ準備を整え終わっている。
「じゃ、片付けるね」
きんぎょの合図と同時にテディベア二体のゲハイムニスの腹を突き破って駆け抜けた。
二体のゲハイムニスは悲鳴を上げながら、重なり合うようにして倒れ込んだ。
「あー……久々に力使ったかも」
テディベアは、きんぎょの気持ちを表しているかのように、へたりと床に座り込んだ。
「でも、思ってたよりザコだったなー。所詮コピー品、みたいな? ま、ここも片づいたし、きんぎょたちも体育館へ行って様子を見に行かないと……」
きんぎょはテディベアに話しかけながら、それを優しく抱き上げ、テディベアにつけられたベルトに腕を通して背負う。
それから教室の外へ出ようとしたときだった。背後でギギ……と錆び付いた音がしたのだ。
きんぎょはすかさず振り向き、眉を顰める。倒れたうちのゲハイムニスの一体が、まだ仕留めきれていたかったようで、銃口を向けようと立ち上がっていたのだ。
「ちょっとこれは……」
完全に油断していたきんぎょ。避けられないと悟ったが――
「ハアッ!!」
――次の瞬間、それは杞憂に終わる。
何者かの掛け声とともに、ゲハイムニスは奥の壁へと吹き飛ばされたのだ。
間髪入れずに、きんぎょの横を通り過ぎる人物がひとり――奈子だ。
緑色の髪をなびかせ、奈子は床を蹴り上げ剣を抜く。
「お前の好きなようにはさせない!」
奈子は叫び、ゲハイムニスの腹に剣を突き刺した。
いよいよトドメを刺されたゲハイムニスは掠れた呻き声を上げながら倒れ、やがて身体は粒子状に崩れ、消滅した。
「奈子っち、さんきゅ」
きんぎょはその背中に礼を言うと、奈子は振り向き「いえ、間に合ってよかったです」と答えた。
「このあたりにはもう奴の気配はなさそう……ですね」
「あいっかわらず、生徒会に対しては堅苦しいよね〜。ま、いいけど」
きんぎょは言って、廊下へと出て窓の外を見る。
「こっちにも特に人影なし。みんな、体育館への避難できてそ?」
「異能部は各自分かれて行動しており、確認中です。ただ被害を受けた生徒の報告は受けていないので、今のところは大丈夫かと。副会長も体育館へ急ぎましょう」
「りー。とりま、早く行って取りまとめないとね」
きんぎょと奈子は体育館へ向かって足早に移動を始めた。
「……この襲撃は、やはりせつなを狙ったものなのでしょうか」
移動中、奈子はそう尋ねた。
「きんぎょがどーやってゲハムハム倒したとか聞く前にそれ〜? ……じょーだんだけど。ま、それっしょ。雷門で炙り出したお目当ての異能使いを倒しに学園へ乗り込んだんだと思う」
「…………」
「――敵の狙いは『時間を操る異能使い』。あえて学園から遠距離である雷門を襲撃し、『瞬間移動』してくる学園生徒を炙り出し、倒そうと試みたっぽいけど、あの日は失敗したから改めて今日学園を襲いに来たってところかな。……って、それっぽく話してるけど、これ、はなのんが話してたことね」
奈子の表情が途端に陰る。それをきんぎょは見逃さなかった。
「前回のこののんの予知夢のこともある……きっと、今日がその日なのかもしれない。なんとしてでも、予知夢は予知夢だけで終わらせないといけない」
「……そう……ですね」
暗いままの奈子の肩を、きんぎょは軽く小突き、言う。
「大丈夫だよ。みんながついてるもん。せっつーは死なない。あんな奴に殺されるわけにはいかないんだから。きんぎょたちにとっても、せっつーは大事な存在なんだよ」
奈子は顔を上げ、きんぎょを見つめた。
「絶対に守りきるよ、これは、生徒会命令だからね」
その言葉に、奈子は力強く頷くのだった。