量産型少女――コピー・ガール――(4)
「亜仁は学生寮エリアを! 林檎は給養部エリアを! わたしは校舎内のソラビトを担当する! 三手に分かれてソラビトを殲滅! 避難しそびれている生徒がいれば優先的に救助せよ!」
「「了解!」」
奈子、林檎、亜仁の三人はそれぞれ武器を持ち、校舎に集まっていた。
亜仁の抱いている猫――いつも異能部の部室で過ごしていたあの猫だ――も、この状況を恐れているように、「ニャア、ニャア」と小さな声で鳴いている。
奈子の指示が終わると、眉を下げた林檎はそっと片手を上げ、ひとつ質問をする。
「……部長。せつなはどこに……? そもそも、このゲハイムニスってやつ、狙いはせつなかもしれないんでしょう……?」
亜仁も気になっていたのだろう。林檎の隣でウンウンと頷いていた。
奈子自身にも心配の気持ちはあったが、ここは気丈に振る舞う。
「大丈夫だ。せつなは簡単にやられはしない。集会のあと教室へ戻っていったし、校舎内にいるはずだろう。わたしのほうでせつなを探し、武器も渡してくる」
林檎と亜仁は一度互いに頷きあってから、各々指示された場所へと向かっていく。
奈子はそんな後輩二人の背中を見届けてから、校舎内へと走り出した。
運のよいことに、校舎内へ入ってすぐ奈子はせつなたちと出会うことができた、
「――奈子お姉ちゃん!」
せつなは奈子を見るなり駆け寄り、その身体に抱きついた。
奈子はせつなの柔らかい髪を優しく撫でながら、そっと「……よかった」と安堵する。それから一歩後ろにいる茉莉へ視線を向けた。
茉莉は奈子の視線を受け背筋を正し、現状を報告する。
「現在、校舎内でゲハイムニス二体を確認しました。内一体は一年教室で副会長が対応、もう一体は一階廊下にて遭遇、駆除しました。いずれも雷門の一件と同様、複製された偽物である可能性が高く、本体は突き止められてない状況です」
奈子は頷きながら、「報告ありがとう。……ところで、駆除というのはせつなが……?」と質問した。奈子の中で、武器も持っていないせつながどうやって駆除したのかが引っかかったのだ。
せつなは「違うよ!」と否定し、茉莉の肩に手を置いた。
「茉莉ちゃんがね、パパパって倒しちゃったんだ! 茉莉ちゃんってば実は異能使いで、あと副会長も――」
「なるほどわかった。……せつな、たくさん話したいのはわかるが、とりあえず今はゲハイムニスに専念しよう。それに、誰よりも狙われているのは、せつな自身のはずなんだから」
せつなは奈子に注意され、口を噤み気を引き締め直した。
「本音を言うと、せつなには体育館に避難してじっとしてもらいたいところだが、今は緊急事態だ」
奈子は持ってきていたせつなの武器である鎌をせつなへ手渡す。
「――どうせ、せつなにじっとしていろなんて言っても聞かないだろうしな」
せつなは「……当たり」と言って、鎌を受け取った。
「わたしは副会長の様子を見に行きつつ、ほかにもゲハイムニスが校舎内に残っていないか確認する。今、林檎と亜仁にもそれぞれ別のエリアを担当してもらっている。せつなは海岸のほうへ――いや、海岸はやめて、わたしが行こう」
奈子はすぐに指示を訂正した。話しながら、、此乃の予知夢のことを思い出したのだ。海岸はせつながゲハイムニスと対峙する場所、ここは避けたほうが無難だと判断してよいだろう。
「――いえ、尾張さんたちは海岸へ」
だが、奈子の判断を否定する者が一人――華乃だ。
「生徒会長、なぜここに――」
「生徒会長たるもの、まずはみなさんが避難できているか確認するのが第一ですから。それはまあよいとして、尾張さんは海岸へ行くようにしてください」
「会長! ですが、海岸は――」
奈子の反対意見を、華乃は自身の唇に人差し指を立て、制止させた。
「――あえて予知夢のとおりの舞台を作り上げ、ゲハイムニスと、この事態を作り上げている張本人を誘き出すのです。此乃の予知夢は絶対……どんなに回避しようとしても、外れることはありません。ならば、こちらから積極的に迎え撃つのみですわ」
奈子はどうしても素直に聞き入れられなかったが、せつなの「わかりました」と、会長に返答するのを聞き、目を丸くする。
「わたし、海岸方面へ向かいます。ゲハイムニスと出会ったそのときは、絶対にやられちゃったりしないように、全力でやりますから!」
せつなは華乃にそう話してから、次に奈子へ視線を移す。
「だから奈子お姉ちゃん、わたしに任せて!」
奈子は複雑な想いだった。だが、ようやくこれで決心がついたともいえる。
「頼もしいですわ、尾張さん。では、よろしくお願いいたします。もちろん、わたくしもあなたが死んでしまったりしないよう、しっかりサポートさせていただきますから……大切な学園生徒を失うことになるのは、認められませんから」
華乃は一瞬、せつなの後ろに立つ茉莉を見てから背を向け、「では、わたくしはこれで」と、その場を去っていった。
奈子は華乃を見送ってから、今度は茉莉に話しかける。
「……異例の頼み事だが、茉莉さんはせつなについてやってくれないだろうか。話はああなったものの、せつなをひとりきりにさせるのはさすがに心置けなくて」
茉莉は「もちろんです。元々アタシもせつなとともに行動しようと思ってましたから」と答えた。
「……それじゃあ二人とも、決して無理はしちゃダメだからな」
奈子はそう言って二人と別れ、校舎内を走り出した。
◇
「……え、どういうこと……ですか?」
くるるは呆然と呟いた。
くるるとヨヨは職員室に着いたのだが、そこは誰ひとりとしておらず、もぬけの殻となっていたのだ。
何もかもがきれいに片づいていて、書類一枚目に入らない――まるで、元々そこには誰もいなかったかのように。
「せ……先生? さ、先に体育館に逃げたんですかね? さっき放送鳴ってましたし……」
くるるはヨヨにそう話すが、その目は泳いでいた。
一方、幼いヨヨは取り乱さず冷静に、職員室を見据えていた。
「……ヨヨ、せんせー逃げたと、思います。たいーくかんじゃなくて、島から、です」
ヨヨの発言に、くるるは冷や汗を浮かべる。
「島からって……?」
「……とにかく、今はたいーくかん、逃げる、です」
動揺するくるるの手を引き、ヨヨは歩き出す。
「きんぎょ、かいちょー……負けないで」
ヨヨの言葉を理解しきれないくるるは、小さく首を傾げるのだった。