量産型少女――コピー・ガール――(1)
ゲハイムニス出現の数分前のこと。
ソラビト対策兼司令部は、混乱に包まれていた。
「部長! ソラビト反応がどんどんと広がっています!」
咲の叫び声を受け、乃木羽はモニターの前へと駆け寄った。学園の地図が表示されたモニターには、ソラビト出現を表す標記が複数表示されていたのだ。
「なっ……どういうこと!?」
乃木羽はモニターの前で狼狽える。
「なんで突然こんな数……! ついさっきまで、ソラビトの反応なんてなかったのに……と、とにかく、早く全員に知らせないと……!」
乃木羽は近くのパソコンから、ソラビト警報を発令しようとしたが――
パリンっ!
――と、ガラスの割れる音に遮られてしまう。
乃木羽は恐る恐る音のした方向へ視線をやると、そこにはガラス窓を突き破り、今にもこちらへ踏み入れようとしているソラビト――ゲハイムニスの姿があった。
「……ヒッ」
乃木羽は小さな悲鳴を上げ、身体が竦んだ。
異能部以外の生徒であっても、ソラビトの知識やある程度の体術は授業で心得ているはずなのだが、実際に本物のソラビトを――ましてや、ゲハイムニスを前にしてしまっては、何も考えられないというものだった。
「ぶ……部長……」
咲は不安そうに乃木羽を見つめる。乃木羽はそんな後輩を守ってやりたい想いもあったが、異能の力もなく、立ち向かう術が何もない自分ではどうすることもできない。
一方、ゲハイムニスはそんな乃木羽たちにお構いなしというふうに部室内へと侵入し、二人の前へと立ちはだかり、銃口を向ける。
「…………っ!」
乃木羽はもうダメだと、目を瞑ったときだった。
「――部長から、離れるでありま〜す!!」
――そんな一人の、勇気ある希望の声。
その声の正体は、此乃だった。
「「此乃!!」」
二人は声を揃えて此乃を見た。
此乃は持っていたモップを武器に、ゲハイムニスへと振りかぶる。
しかし、ゲハイムニスは軽々と避け、威嚇代わりに銃を乱射した。恐怖とパニックで悲鳴を上げる乃木羽と咲だったが、此乃は銃の攻撃に怯むことなく走り出し、ゲハイムニスとの距離を一気に詰めていく。
「ダメよ、此乃! ソイツに近づいたら危険だわ!」
乃木羽は止めようとするが、間に合わない。
此乃はゲハイムニスへ向けて猪突猛進し、モップを槍のように見立て、ゲハイムニスの腹部に突き立てた。
一瞬怯むゲハイムニス。だが、此乃の持つ武器はただのモップだ。攻撃力なぞ大したことはない。
ゲハイムニスは鬱陶しそうにモップを払い、此乃を突き飛ばした。
「うぐっ……!」
此乃はその際に机の角に頭をぶつけ、激しく音を立てながら床へ倒れ込む。
乃木羽と咲は必死の形相で此乃へと駆け寄り、抱え込む。
「此乃! 大丈夫ですか!?」
乃木羽の問いに、此乃は薄目を開きながら、「大丈夫であります……ちょっと頭をぶつけただけでありますから……」と、明らかに無理をした様子で笑みを返した。
ゲハイムニスはちょうどひとかたまりとなった三人に対して、ちょうどよい機会とばかりに銃口となる腕を突き出した。
乃木羽は震える足を抑え込みながら、両手を広げ咲と此乃の前に立ちはだかり、ゲハイムニスを睨みつける。
「や……やめて。あなた、何が目的だっていうのよ! いきなり学園を襲うなんて……バカげてる!」
ゲハイムニスは答えない。
乃木羽はそれもそうか、と思った。なぜなら目の前にいるそれは――ただの兵器なのだから。
まるで獲物を狩る寸前の獣の如く、ゲハイムニスの目が一瞬赤く光った。
今度こそ一巻の終わりか――と、乃木羽が絶望したときだった。
「ギャァッ!!」
ゲハイムニスは悲痛な声を上げ、まるでプレス機なかけられたようにグシャグシャに身体が潰れていく。
最終的に見えなくなるほどその身体は潰され、目の前には跡形もなくゲハイムニスの姿は消え去った。
「…………」
乃木羽はすっかり足の力が抜け、その場にへたり込む。
その様子を見ていた此乃は、そっと呟いた。
「……お姉ちゃんが……ギリギリのところで、助けてくれたであります……ね……」
◇
「――許さない」
一方その頃、生徒会室では、額に血管を浮き上がらせるほどに怒りの形相を浮かべた華乃がいた。
右手を固く握り、その力のあまり小刻みに震えている。
「わたくしの妹を傷つけるなんて……さすがにおイタがすぎるものですわよ、ゲハイムニス……いいえ、違いますわね」
華乃はデスクを強く叩き、勢いよくその場から立ち上がった。
「――量産型少女!」