新たな出会いと深まる交流(14)
「なんで今まで、疑問に思わなかったんだろう」
乃木羽はソラビト対策兼司令部の部室で、数々の報告書を広げた机に向かって呟いた。
咲も乃木羽の横で報告書を見つめながら、耳を傾けている。
「――過去どれを見ても、ソラビトの出現場所は人口の少ない山奥や海上、平地なんて所ばかり……雷門での一件を除いてね。ソラビトが地球を乗っ取ろうと考えているのなら、普通、人口の多いところから狙うと考えるはずじゃない」
「……ソラビトは知能が非常に低いと授業で教わりましたから、そんな考えを持てなかったんですよ」
咲が慰めのように語りかけると、「――だとしても!」と、乃木羽は頭を振った。
「わざわざ人口の少ない、何もない所へ興味を持つと思う……? いいえ、常識的に考えて、持つはずがない」
咲は言い返す言葉もないのか、押し黙ってしまう。
「早く気づいていれば……。今思えば、学園の海岸に現れたあのソラビトは、学園に復讐しようと必死にやってきていたのね。学園に、わたしたちに復讐しようと……」
咲は「わたしは……未だに信じられません」と、重い口を開く。
「あれは会長の冗談なのでは? それかわたしたちの読み違いだとか……だって、此乃が、そんな……」
「会長があのタイミングで冗談を言うはずないし、仮にわたしたちが読み違えていたら、すぐに否定していたでしょうよ……そういうことには、すぐに察する方なんだから」
乃木羽の頬に冷や汗が滲む。そして、畏怖の入り交じった表情を浮かべながら、恐る恐るといった様子で言葉を紡ぐ。
「――ソラビトは元異能使い。異能使いの寿命を迎えたとき、ソラビトの姿へと変化する。……わたしたちは、そのあとかたづけを『国家防衛』という名目でやらされていた。これは会長から告げられた、紛れもない事実」
咲は俯きながら、「集めていたフラウドストーンは、いわば異能使いの命の結晶……とも言えますね」と、声を震わせながら話した。
「でも、今までここへ入学した異能使いよりも、ソラビトの出現数のほうが多いから、きっとまだどこかに異能使いがいる……んだと思う」
咲は「……どちらにせよ」と、怒りと悲しみの目を乃木羽へ向けた。
「――それじゃあ、わたしたちはただの殺人犯じゃないですか……!」
悲しみの声を上げる咲に、乃木羽は「そうよ」と、無情にも肯定した。
「なぜこんなことをさせられているかまで語られなかったから、詳しいことはわからない。だけれど、きっと若く優秀な人材を集めて学園へ集めたのは、しっかりと国家の監視下へ置くためでしょうね……優秀な人材を国家の好きなように使えるように」
「ですが、それを言うならどうして、この学園には女子しかいないんでしょうか。優秀な人材に性差があるとは……」
「わたしたちの知らないところで、男子だけの学園もあるのかもしれないわよ? 国家はあえて性別を分けているのかも……ね。めんどうごとが起こらないように。もしくは、国家にとって必要なのは、優秀な女子なのかもしれないわね……」
乃木羽は力なく笑う。
「――異能は、少女だけしか使えない。少女以外異能を持てた実例はないし、わたしたちのようにそれぞれ優れた才能を持つ女子がいるほうが、国家にとって何かしら都合がいいんじゃないかしら。……人工的に異能使いを――もしくは、ソラビトを生み出すのが目的だとしたら。それに女の子だったら……世継ぎも産めるし、ね」
咲は嫌悪に満ちた色を示した。
「噂は本当だったのね。フラウドストーンを元に、国家は新たな兵器を創り出そうとしているという噂は。雷門で出会ったゲハイムニスこそまさに――まああのとき出会ったのは偽物だったにせよ――国家にとっての成功例なのかもしれないわ。どうやら逃げ出してしまったようだけれど。きっとゲハイムニスは、学園を……この国を潰そうと、動き出している」
「ゲハイムニスは……此乃の予知夢によれば、せつなさんを狙っているんですよね。『時間を操る』異能を消すために……」
「国を破壊しても、もし万が一、せつなの手によって時間を戻されたら、すべて水の泡だもの」
乃木羽は話を一旦止め、机の上の報告書を片づけはじめた。
ひととおり片づけの終えたタイミングで、乃木羽は再び話をする。
「今話したのはわたしの推測も交えているけれど……これがすべてそのとおりだとしたら、わたしは学園に嫌悪感を持つし、国を憎み、抱いていた誇りも忠誠心も失うと思う。……だってわたしはすでに、ソラビトの正体知っていて、涼しい顔をしていた会長のことを、怖いと感じているもの」
咲が「わたしもです。でも、この事実は絶対に、此乃には話せませんね……」と言ったところで、部室の扉が開いた。
扉の先には、なんだか誇らしげな表情の此乃がいた。
二人はすぐさま何事もなかったかのような表情を作り、此乃を迎え入れる態勢を取る。
「あれ! 結局ここにいたでありますか! 部室に戻ったら二人はいないし、生徒会室へ行ったらお姉ちゃんが、『二人なら部室へ戻りましたわ』って言うでありますし……これぞ、すれ違いってやつでありまーす!」
此乃はそう言って笑ってから、胸を張り、こう話す。
「此乃、今日は二人がいなくてもバッチリ司令部の役割を果たせたでありますよ! ふふん、もう部長も副部長もいなくたって完璧であります!」
そんな此乃の発言に、乃木羽と咲は顔を合わせてから、咲は言う。
「……とか言いつつ、油断していて奈子先輩に軽く怒られてたりしませんか?」
「うぐっ……!? ち、違うであります……。あれは……小言的ななんかであります……」
「図星かい」
乃木羽は此乃の額に軽く指で突きながらツッコミを入れ、微笑んだ。
微笑みの理由がわからないのだろう。此乃は呆けた顔をしたが、またうれしそうに笑みを浮かべた。
「此乃、部長と副部長が卒業していなくなっても、しっかり次期部長として務めるでありますからね!」
此乃の言葉に一瞬、二人の顔が曇った。しかし、此乃に悟られまいとすぐにいつもの表情へ戻し、乃木羽は冗談めかして言う。
「そもそも、此乃が部長になるとも限らないけどね」
そんな乃木羽に対し、「えー! なんででありますかっ!」と頬を膨らませる此乃。そして、部室内は三人の笑い声で満たされるのだった。