新たな出会いと深まる交流(10)
「なるほど。森で出会った女の子ですか」
厳粛な生徒会室に、凛とした華乃の声が通った。
奈子と林檎から、本日のソラビト任務の件と出会った女児の話を聞いた華乃は、険しい表情を浮かべていた。
「その女の子は、なんと話されていましたか?」
「自分の名を『404』と……。話を聞く前に相手は意識を失ってしまい、詳しく事情を聞けていません。今は保健部に預けています」
「あ、でも、大人しく帰るからこれだけは取らないでって……フラウドストーンを握りしめながら話していました」
「フラウドストーンを……?」
華乃の問いに、奈子と林檎はそれぞれそう答えたが、最後の林檎の発言に、華乃は眉をひそめた。
「こっ、コラ、林檎……! だからあえて、わたしはフラウドストーンを黙っていたのに……!」
「あ、そっか……! 言ったら提出しなきゃですもんね……すみません……」
奈子の小声の叱責に、林檎はやってしまったとばかりの表情を浮かべた。
そんな二人の様子を見てか、華乃は小さくため息をつくと、こう言う。
「……そうなのですね。その子にとって、そのフラウドストーンが大切なものならば、わたくしはそれ以上何もいたしません。今回だけは、任務報告書だけの提出だけでも構いませんわ」
華乃の言葉に、奈子と林檎はほっと胸を撫で下ろした。
「しかし迷子の少女、ですか。……おそらく、近くの孤児院から抜け出したのでしょう。わたくしが先方に連絡をいれておきます」
華乃の話に、奈子と林檎は明らかに不服そうにした。
「あの……ひとつお伺いしたいのですが、あの子を孤児院へ戻そうとお考えでしょうか。お言葉ですが、わたしは素直にあの子を孤児院へ帰すというのは、よくないことと考えます」
「そうよ……ですよ! 明らかにヤバいところから抜け出したって雰囲気でしたから」
華乃は微笑み、「まさか。いつわたくしが、あの子を孤児院へ帰すと言いましたの?」と言い、続ける。
「その『404』という女の子――こちらで預かると、孤児院へお伝えするのです」
奈子と林檎は同時に目を見開いた。
「わたくしも鬼じゃありませんわ。孤児院に関しても、わたくしに任せてください。そんな悪質な施設があるというのなら、こちらからも対応いたしますわ」
目を丸くする奈子と林檎に、華乃は微笑みかける。
「――わたくしたちはソラビトから国を護ることだけが使命ではありません。本来の使命は、この国をよりよいものにしていくことなのです。……ふふ。新たな仲間がひとり加わって、さらに賑やかになりますわね」
奈子は笑みを浮かべ、
「……はい! ありがとうございます」
と、礼をした。
林檎も奈子に倣い一礼し、二人は生徒会室をあとにした。
扉の閉じる音を機に、しんと生徒会室は静けさを取り戻す。
華乃はひと息ついてから、応接間のソファに座り、不気味なテディベアと戯れるきんぎょへと視線をやった。
「きんぎょ。確か学生寮はひと部屋余っていたはずです。『404』という少女を、その部屋に案内してあげてください」
きんぎょは「りょ〜」と言いながら、テディベアを背負い生徒会室を出ていった。
華乃はゆっくりと目を閉じ、チェアの背もたれに寄りかかる。
「まったく、めんどうごとがひとつ増えましたわ……。今はゲハイムニスの件があるといいますのに」
華乃は目を瞑ったまま、「ねぇ、白咲さん」と、自身の隣に立つ茉莉へと同意を求めた。
「……別に」
相変わらず、素っ気なく返答する茉莉。
華乃は「あら、そう」と、受け流した。
「……あの、いいんですか? フラウドストーンを彼女……『404』とかいう少女から取り上げなくて。アンタらにとっては必要なんでしょう?」
「相変わらず生意気な口の聞き方ですが、そうですね……フラウドストーンはあればうれしいですが、それを無理に取り上げることによってめんどうごとが発生するのなら、別に必要ありません。もう、尾張さんの持つ異能を見つけましたから。フラウドストーンはあくまで国家が欲しているだけなのです」
「……逆らったらヤバいんじゃないんですか?」
「どうして? 向こうがわたくしに制裁を加えようものなら、わたくしの異能で潰すだけですわ。何もできないのは、無能な国家のほう」
「…………」
茉莉はもうこの話題を掘り下げるのをやめようと決めたか、話題を変えるようにこう切り出す。
「……ところで、ゲハイムニスは見つかったんですか?」
「……いいえ、見つかりませんわ。今もこうして『千里眼』で周辺を捜索していますが、まったくです。見つけた瞬間、すぐにその頭を叩き潰してやるのですが……」
「雷門襲撃の日に、会長の異能を見せられて向こうも警戒しているのかも……ですね」
「わたくしったらダメね。簡単に手の内を見せてしまって……。しかし、いくらどんな場所を見渡せる『千里眼』とて、わたしの目は二つしかない。日本中を隅から隅まで探して見つけるなんて、余程運がよくないと無理ですわ」
「探したい対象を、すぐにその『千里眼』で見つけることはできないんですね」
「ええ。あくまでどんな場所にも視界を作ることが可能なだけで、対象物がどこにいるのかまでは把握できませんわ」
「なら、わたしのお姉ちゃんの居場所も――」
「正直、今はわかりませんわ。あなたのお姉様は、東京の施設にいた最後に、姿をくらましてしまいました。先日はあなたを脅すようなことを言ってしまって申し訳ありません。つい強がりを言ってしまいましたの」
茉莉は静かに下唇を噛んだ。華乃からなら姉の居場所を掴める……その想定を外した結果だろう。
「でもきっと、そのうち巡り合うんじゃないかしら?」
華乃の発言に、茉莉は目を丸くした。
「なんとなく、そんな気がしますのよ」
華乃のその声音は、少しばかり疲れを感じさせるものだった。