新たな出会いと深まる交流(2)
「せつなの異能のことが、少しだけわかったわ」
そう言って、異能部一同をソラビト対策兼司令部へ呼び出したのは、乃木羽だ。
異能部一同は大きなスクリーンの前で横並びに座り、今から始まる乃木羽の説明を待っていた。
スクリーンの前に立つ乃木羽は、ひとつ咳払いしてから話をはじめる。
「わかったと言ったけれど、これは科学的根拠もない、あくまでわたしの仮説の域を出ないということは、先に断っておくわ」
異能部一同が了承したのを確認すると、乃木羽は再び口を開く。
「――まず初めに。せつなさんの異能は『瞬間移動』だと認識していたけれど……それは違う。せつなさんの異能は、『時間を操る能力』なのよ」
「時間を操るですって!?」と、林檎は面食らい、声を上げた。
「なぜそう考えたのか……順番に説明するわ。わたし、ここ最近ずーっとせつなさんを観察していたんだけれど、そこでね、あることに気づいたの」
「サラりと観察とか言ってる……」
亜仁は小さく身震いしていた。
乃木羽はそんな亜仁を無視し、続ける。
「わたし、ずっとせつなさんを見ていた。訓練中のせつなさんはもちろんのこと、日常を過ごしている姿も、遅刻しそうなとき、こっそりと瞬間移動をしているせつなさんまで、しっかりと見ていたわ」
バレないように校則を破っていたせつなを知り、奈子は横目でせつなを軽く睨んだ。
「ある日、せつなさんの瞬間移動の移動時間を測っていたときなの。わたし、そこで気づいたの。せつなさんが移動するときと移動したあとでは、まったく時が動いていなかったのよ。0.1コンマだって、動いていなかった」
能力者であるせつな自身も、それには驚いていた。
「これはわたしの推論だけれど、せつなさんは瞬間移動しているんじゃなく、時間を止めて、止まった時間の中を移動しているんじゃないかしら?」
異能部一同は息を飲んだ。
「せつなさんは以前、銃で撃たれて死亡したはずなのに、生き返ったことがある。これは、どう考えても異能の力が関係してあるに違いないわ。でもね、そこでひとつ疑問が生まれる――異能使いは、一人につき一つの異能しか使えない。ここ何十年と例外はなかったし、そう考えてもいいと思う。瞬間移動の能力と生き返りの能力、二つの能力を保持しているなんて……やはり考えにくい。そこで、わたしは見方を変えたの」
せつなは真剣な面持ちで、乃木羽の次の言葉を待つ。
「せつなさんは、『瞬間移動』の能力者ではなく、『時間を操る』能力者なのでは……と。瞬間移動だと思っていたそれは、時間を止めて、止まった時間の中を移動していたに過ぎないのよ」
せつなはそこで席を立ち、「待ってください!」と口を挟んだ。
「わたし、瞬間移動するときは行き先を頭の中で決めるだけです。そうしたら、いつの間にかそこにいるというか……。決して時を止めて、その中を移動しているなんてことありません!」
しかし、乃木羽の意見は揺らぐことなく、真剣な眼差しをせつなへ向けた。
「それは、あなた自身はあなたの能力をその程度にしか認識していない、そうとも言えるわ」
「な、何よ、アンタのその言い草! 異能使いでもないくせに!」
乃木羽へ詰め寄ろうとした林檎を、亜仁はすかさず引き止めた。
「やめなよ、林檎ちゃん。……先輩だよ」
林檎は小さく舌打ちし、再び席についた。間を取り次ぐように、今度は亜仁が乃木羽へと意見する。
「……つまり乃木羽先輩は、せつなちゃんが『時間を操る』異能を持っているから、銃弾を受けて死んでしまったあとも、せつなちゃん自身の時間を巻き戻して生きている状態に戻れた――そういうことでしょうか」
乃木羽は首を縦に振り肯定した。亜仁は「……でも、そうだとしても」と、続ける。
「時間の中を止めて移動するとして、近くの場所を移動するならまだしも、せつなちゃんは長崎から東京まで移動した事実があるんですよ? いくらなんでも、そんな長距離を時間が止まった中とはいえ、簡単に移動できるのでしょうか? そんな長距離を、止まった時間の中移動するのなら、さすがにせつなちゃんも自覚があるものかと普通なら思っちゃいますけど」
乃木羽は「もちろん、そんなことは考慮にいれたわ」と言い、腰に手を当てた。
「だから、わたしは最初に『時間を操る能力』だと言ったのよ。『時間を止める能力』じゃなくってね。せつなさんは瞬間移動するとき、『時間を止め』、『その中を移動する時間を省略』したのよ。そうして、自身はなんの移動時間も感じずに、瞬間移動した認識――いえ、正確には錯覚、かしら――だけが残る。もちろん、外部のわたしたちは時間を止められたことすら認識できないのだから、せつなさんが瞬間移動したものだと思う。せつなさんはこれを、無意識にやってるんじゃないかしら?」
奈子、林檎、そしてせつな本人も、複雑な話に顔を顰めていた。亜仁だけがまだついていけているのか、神妙な面持ちで乃木羽の話を聞き入っていた。
「……で、ここからが本題――今回、わたしがあなたたちを呼び出した理由になるのだけれど」
「こ、この説明を聞かせるためだけじゃなかったのか……」と、奈子はボヤいた。
乃木羽は空気を引き締めるかの如く、ダンと強く机を叩いた。
「――せつなさんは、ゲハイムニスに狙われている」
この場にいる全員に、緊張が走る。
「おそらくこの能力ゆえに、狙われていると考えてよいでしょう。時間を操る――これほど強く、様々な可能性を秘めた能力はないわ。今度こそ、本物のゲハイムニスはこの学園に現れる。ゲハイムニスは、せつなさんを殺しにやって――」
「――殺す、だって?」
奈子の声音は怒りに包まれていた。
「……いつだ? いつアイツは現れるんだ」
「それはわからない。いつかの夕刻……この島の海岸に現れる。此乃の『予知夢』がそう告げている。まだソラビトの探知はされていないから、今突然現れるなんてことないと思うけど……」
奈子は振り向き、静かに五人の様子を見ていた此乃へと視線を向けた。此乃の肩が一瞬竦む。
「……だから、司令部からの……いえ、会長からの命令よ」
乃木羽は手に力を込め、言う。
「『安全が確認されるまで、尾張さんを守りなさい。その異能を決して失ってはなりません。ゲハイムニスを倒し、尾張さんを死ぬ運命から救うのです』――と、おっしゃっていたわ」
緊迫する空気の中、誰よりも早く口を開いたのは奈子だ。
「――了解。この命に変えても、せつなはわたしが守りとおす」
奈子の強い意志に、せつなの瞳は震えるのだった。