ミッション! 林檎先輩の笑顔を取り戻せ!(7)
太陽の光も月の光も差し込むことはない、外で鳴く蝉の声すらも立ち入ることもないほどの、相変わらず時間の流れと季節感を感じさせない、ソラビト対策兼司令部の部室では、こちらも相変わらず、放課後にやることがないとお決まりのリクライニングチェアでスヤスヤと眠りにつく、ひとりの少女がいた。
その少女とは――生徒会長の妹、王樹此乃だ。
その少女と同じ空間には、机の上で趣味の数学を解いている咲と、何やら怪しげな笑みを浮かべながらスクラップブックを整理している乃木羽がいた。
咲はチラリと壁掛け時計を見ると、教本を閉じ立ち上がった。
ゆっくりと此乃に近づき、肩を軽く揺すりながら、「此乃さん、そろそろ寮へ戻りますよー」と声をかける。
すぐに目覚めない此乃に、咲はため息を洩らしつつも、後ろを向いた先にいる乃木羽に向かって、「部長……じゃない、変態も戻りますよ。そろそろ部室を閉めないと」と伝えた。
乃木羽は顔を上げ、「いや、逆! 部長で合ってるから!」とツッコミをいれた。
そのとき、此乃がのそりと動き出した。ようやく目が覚めたようだ。
「んにゃにゃ……ハッ!!」
此乃は勢いよく起き上がると、おなじみの魚がプリントされた独特なデザインのアイマスクを取りながら立ち上がった。
「――喋った!?」
いきなり意味のわからないことを言い出す此乃に、咲と乃木羽は首を傾げた。
「何が喋ったのですか?」
咲は聞くと、此乃は興奮気味に答える。
「じゅ……銃の! あの日見た銃のソラビトであります!」
「銃のソラビト」と聞いて、咲と乃木羽に緊張が走る。
乃木羽はすぐに席を立ち、此乃の元へ駆け寄り、「落ち着いて、その情景をゆっくり思い出しながら話して」と、此乃の手を取りながら促した。
「う、うーん……。海辺……で、ありました――見慣れた海辺でありました。確かにこの島のものであります。海はオレンジ色に染まっていたのが印象的でありましたから、時刻は夕刻であります。……そこに、銃のソラビトがいたのでありますよ。銃のソラビトは何やら話していたでありますが、内容まではあやふやなのであります」
ここまでの此乃の話では、いつかの日、夕日の沈むころに、学園の所有するこの島の海辺に銃のソラビト――ゲハイムニスが現れて、何かを話すだけという、曖昧なことしかわからない。
だが続けて、此乃は何か思い出したかのように、「……あ、最後にこう言っていたでありますよ」と、こう付け加える。
「――『世界のために死ね、せつな』……と」
乃木羽と咲は、おぞましいセリフに顔を青ざめさせた。
「……せつなは、ゲハイムニスに命を狙われている……? もしかしてあの日の襲撃は、あえてせつなをおびき出すためのもので、本当の狙いはせつなだった……?」
乃木羽は不安そうにそう呟いた。
「……とにかく、会長へ報告したほうがよさそうですね」
咲はそう提案し、一同は生徒会室へと向かうことにした。
此乃は部室の扉を閉めてから、一時顔を俯かせた。
「…………」
足を止めている此乃に気づいた乃木羽は、「どうしたの、此乃?」と声をかけた。
此乃はすぐに顔を上げ、「なんでもないであります!」と答え、二人に続いて歩き出す。
「……うん。あんまり確かじゃないことは言うものじゃないであります。あの声に、なんだか聞き覚えがある――なんて、そんなこと」
此乃は、二人の耳にも届かないような小さな声で、そう自分に言い聞かせた。