ミッション! 林檎先輩の笑顔を取り戻せ!(6)
「尾張せつな、ただいま戻りました!」
せつなは挨拶とともに、武具製作部の扉を開けた。
奈子、亜仁、鉄子は、一斉に戻ってきたせつなを一瞥し、それぞれ「おかえり」などと返した。奈子たちはこの場にいたが、一人、目的の人物の姿だけが見えない。
「あの……林檎先輩は?」
せつなが聞くと、奈子は視線で奥の訓練室を指した。せつなはガラス越しに訓練室の中を見ると、まだ上の空な顔つきで、ソラロボと模擬戦闘している林檎の姿があった。
「……ったく。急に訓練室に入ったからよ、こうして付き合ってるんだが……そろそろ指が疲れてきた……」
ソラロボは自律式ではなく他律式のため、専用のコントローラーを動かす必要がある。鉄子はここ一時間、林檎の動きに合わせ、ずっとソラロボを操作しつづけていた。
鉄子はマイクを通して、「おい、林檎! せつなが戻ってきたぞー」と声をかけた。林檎は虚ろな目でガラスの向こう側にいるせつなへ視線を移すと、少しだけ光が差し込んだように見えた。
「――よしっ! 目を逸らした瞬間に、一気に叩き潰す!!」
瞬間、鉄子の性格の悪さが発揮される。
林檎が目を逸らしたその瞬間をいいことに、ソラロボを操作し林檎との間合いを詰め、倒そうと図ったのだ。
しかし、そこは本物のソラビトと戦闘経験のある林檎。すばやくソラロボに反応し、弱点のある腹部を一瞬で破壊した。
たちまち鉄子は悲鳴をあげ、林檎は涼し気な表情で、訓練室を出た。
「……せつな、それは?」
林檎はせつなの持っている箱を見ながら聞いた。
せつなは待ってましたとばかりに笑みを浮かべ、近くにある作業台の上で包みを開け、中身を見せた。
林檎の瞳はたんと輝き、徐々に頬が赤く染まりあがっていく。
箱に敷き詰められた様々な形のクッキー。それは、ひとつひとつに個性が現れており、温かみがあった。
「こ、これ……!」
「林檎先輩へのプレゼントです。クラスメイトと給養部のお二人といっしょに作りました。最近、元気がないようでしたので、少しでもこれで笑顔になってもらえたらなって」
林檎はせつなに促され、クッキーをひとつ手に取った。ゆっくりと口へ運び、じっくりとその甘味を享受する。
「……ど、どうでしょうか……? 歩煎先輩から教わりながら、あのお店のような味になるようにしてみたんですけれど……。やっぱり、全然ダメ……ですかね?」
心配するせつなをよそに、林檎は何かのスイッチが入ったかのように食べ進めた。半分近くまで一気に平らげると、曇り切っていた表情はすっかり晴れ渡っていた。
「――すっごくおいしいわ! ありがとう、せつな!」
林檎の、心の底からの称賛の声に、せつなは大いに報われた。
やっと林檎の笑顔が戻り、せつなも、ほかの三人も、ほっと胸を撫で下ろした。
「クッキー作るなんてすごいねぇ。ねぇねぇ、林檎ちゃん。ボクにもひとつちょうだいよぉ〜」
「ダーメ! これは、せつながわたしにくれたクッキーだもん!」
「ケチ〜」
二人のやり取りを境に、武具製作部では、五人の談笑する声がしばらく続いていた。
◇
「なあ林檎」
あれから数日経ったある日の昼休みのときのこと。
鉄子は、林檎のいる二年生の教室へと訪れていた。
「なんですか、鉄子先輩」
林檎は顔を上げ、遠慮なく自分の机の上に腰をかけてくる鉄子に声をかけた。
「いやぁな。前東京でお前が買いそびれた、目当ての店、あったろ? なんかそこがさ、ネット販売も始めたそうなんだよ。今なら生徒会長に言えば頼んでくれるらしいけどよ、どうする? 思い切って、100箱分くらい頼んじゃう?」
しかし、鉄子の提案に対して、林檎は大した反応を見せずに、静かに首を横に振った。驚きの表情を浮かべる鉄子に、林檎は屈託のない笑顔で言う。
「もう興味ないわ――だって、おなかいっぱいなんですもの!」