ミッション! 林檎先輩の笑顔を取り戻せ!(2)
「尾張せつな、ただいま戻りまし――うぅ……」
暑い陽射しを受けながら、ようやく辿り着いた異能部……だが、その扉を開けた途端、せつなは呻いた。
流れ込む冷気を期待していたせつなだったが、全身に浴びたのは立ち篭る熱気だったからだ。
「な、なに……この暑さ〜」
せつなは言いながら、テーブルの上に突っ伏した。
「せつなちゃん、検査お疲れ様ぁ〜……」
亜仁は猫といっしょに氷枕の上でダラりと寝転んでいた。暑さで身体が溶けてしまっていると形容してもよいくらいである。
異能部の部室内にある小さなテレビからは、今年最大の暑さ到来とアナウンサーが銘打っていた。
扇風機はそんなのお構いなしに、マイペースに首を回して、部員たちに風を送っている。
せつなの向かいに座っている奈子は、暑い中せっせと自身の武器の手入れをしていたようだ。せつなが戻ってきたことに気づくと、一度顔を上げ、「頑張ったね、せつな」と言って微笑んだ。
せつなは身体を起こし、「奈子お姉ちゃん、冷たい風、起こせたりしないの〜?」と、あまりの暑さにそうボヤいた。
「わたしは周囲の風の動きを操れるだけで、温度の調整はできない。……仮にできたとしても、こんなことに異能は使えないよ。基本的に、戦闘以外の異能の行使は禁止なんだから」
「わかってるけど〜」
奈子の真面目な回答に、せつなは不満そうだった。
「……あーあ。保健部はあんなに涼しかったのになぁ」
せつなは呟いて、急にスイッチが入ったのか、突然立ち上がった。
「――そうだよっ! 保健部は涼しいのにっ! そもそもどうして異能部だけは、部室が外にあるプレハブ小屋なんですか! エアコンないし! ちょっとお古な扇風機しかないし!」
せつなは異能部だけ不遇の扱いに怒りの声を上げた。亜仁はそんなせつなを宥めつつも、「確かに、どうして異能部だけ外なんだろうねぇ……?」と、疑問を呈した。
「任務が発生したらすぐに出動できるから……とかじゃなかったっけ? あんまり考えたことなかったなぁ」
「奈子部長、そういうところはあんまり気にしないですもんねぇ」
三人が会話を繰り広げていると、横から突然、「あーっ!!」という、林檎の悲鳴が。
三人は一斉に林檎へ注目すると、林檎の手元には、ドロドロに溶けきった板チョコがあった。近くの棚が漁られていることから、どうやら、チョコレートはそこにしまわれていたのだろう。
「……わ、わたしのチョコレート……」
林檎は膝をつき、手を汚しながらもチョコレートを舐めるように食べた。亜仁は「あ、食べるんだ……」と、呟いていた。
せつなは林檎の近くへ行き、「この暑さですもん。溶けるようなものは冷蔵庫へ移しときましょう、林檎先輩」と言って、棚の中に残っているチョコレートや飴など、冷蔵庫へ移しはじめた。
「うん……。ありがとう、せつな……」
林檎は立ち上がり、「一回手、洗ってくる……」と、哀愁を漂わせながら部室を出ていった。
「……林檎先輩、ここ最近元気ないですよね」
せつなは、林檎の背を見送ったあと、奈子と亜仁に問いかけた。
「きっと、このあいだの東京観光のときにさ、楽しみにしていたクッキーが買えなかったことが相当ショックだったんじゃないかなぁ。あれ、現地でしか買えないやつみたいだったし……」
亜仁はそう答えて、奈子を見やった。奈子は小さくため息をついてから、
「……そうだな。また東京へ買いに行くのも難しいだろうし、今はただ、林檎が元気になるのを待つしかない。しばらくは見守っていよう」
と、言った。
そうは言われても、せつなの林檎への心配が消えることなかった。
奈子はせつなを見つめ、「大丈夫だよ。林檎のことだ、きっとまたケロッと元気になってるさ」と優しく声をかけてから、席を立つ。
「……しかし、本当に今日は暑いな。このままでは熱中症になってしまうし……。ここは一旦、部室を別に移すことにしよう」
奈子の発言に、せつなと亜仁は目をパチクリさせ、
「……部室を」
「……移すぅ?」
と、順番に奈子の言葉を反芻した。