任務終わりの東京観光!(3)
「……未来ある少女に、自由を」
ホテルへの道を歩く中、せつなは無意識に、さきほどのフレーズを呟いていた。
彼の演説が脳裏にこびりついて離れない。せつなの頭の中では、グルグルと批判の声が反芻していた。
「せつな、もう忘れな」
鉄子は頭の後ろで手を組みながら言う。
「異能使いでもねぇオレに言われても……って思うだろうけどさ」
せつなは俯きがちに頷いた。
「異能使いは常人とは違う力を持ってるからねぇ……ある程度、ああいう人の意見が出てきてもしょうがないと思う……。ただ、間違った事実を言いふらされるのは勘弁だけど」
「大丈夫よ! 世間の人の多数は、異能使いのおかげで平和な暮らしができるって、感謝してるんだから。ああいう陰謀論者って、白い目で見られてるのよ」
亜仁と林檎も、せつなを励ますように話した。
せつなは「そう……ですよね。……もう気にしません!」と顔を上げた。
ちょうど雷門の前を通りかかっていたせつなの視界に、その一帯を損壊され、規制の網をかけられた光景が目に入った。
「…………ひどい」
怒りや悲しみなど、もっと湧き上がる感情はあったものの、せつなの口から出た言葉はそのひとことだった。
ソラビトが襲来する前は、平和で楽しい日々がこの場でも続いていたのに。
ソラビトは、そんな日常を一瞬で破壊した。大切な文化を、粉砕した。
奈子は、そんなせつなに目を落とし、彼女の頭を撫でる。
「……でも、せつなが来てくれたおかげで、被害はここだけで済んだ。あのまま放置していれば、もっと広くに被害は及んでいただろうから」
せつなは奈子を見上げ、真っ直ぐと目が合う。
「せつなは任務を遂行してくれた。それ以上に、会長からの臨時の命令にも対応して動いてくれたそうじゃないか」
奈子はそこまで話し、一度言葉を切ると、腰を屈めせつなと目線を合わせた。彼女の輪郭をなぞるように、ゆっくりと頭から頬へ手のひらを移動させ、慈しむように親指で頬に触れる。
「会長の命令は絶対だ――だけど、まずは自分を大事にしてほしい。あんな無理しちゃダメだ」
奈子は微笑んでいたが、どこか厳しく言いつけるような意図が垣間見えた。
そんな二人を見ていた、林檎、亜仁、鉄子も、複雑な表情を浮かべていた。
「……さて、と。こんな話をしていたら、もう本当に日も沈んでしまったね。……早くホテルへ帰ろうか」
四人は奈子の言葉に頷き返すと、そこへひとりの幼い少女が、せつなの元へ駆けてきた。
せつなは何事かと首を傾げつつも、足を屈め少女と目線の高さを合わせる。
「どうしたのかな? 迷子?」
少女は首を横に振ると、ポケットから棒付きキャンディーを取り出し、せつなへと渡した。
「え……これ、くれるの?」
戸惑うせつなに、少女は満面の笑みを返し、答える。
「うん! わるものから、みんなをまもってくれたおれい!」
「……!」
目を見開くせつなに、少女は続けて言う。
「ありがとう、おねーちゃん!」
そのとき、少女の母親であろう女性が、少女を呼びかけた。少女は「バイバイ!」と手を振って、そのまま母親の元へと帰っていく。
せつなは「どういたしまして」と、きっと少女の耳にはもう聞こえてないだろうなと思いつつ、返事をした。改めて、渡された棒付きキャンディーを見つめると、胸の奥から温かい何かで満たされていく。
「せつなのこと、どっかから見てたのか? 規制は張ってるはずなのに……」
「きっと、雷門の奥へ消えていくせつなちゃんを見てたんじゃないかなぁ?」
鉄子の疑問に、亜仁はそう答えた。
「ま、よかったじゃない、せつな。せつなは、あの子にとってのヒーローになれたのよ」
そう言って笑う林檎に、せつなは照れくさい気持ちになりながら、うれしさが顔に溢れていた。
「やっぱりこの異能は、人のために生まれてきたんだよ」
奈子は去りゆく親子の背中を見つめながら、そう言った。
「……わたし、異能使いになれて、よかったかも」
せつなは呟き、棒付きキャンディーを制服のポケットへしまおうとする――しかし。
「……り、林檎先輩?」
「――ハッ! な、なんでもないわよ! さ、行きましょ!」
――お菓子が好きな林檎。ついつい、口を半開きにさせながら、せつなの棒付きキャンディーを見てしまっていたのだ。林檎はすぐに我に返り、誰よりも先にホテルへの道を歩きはじめた。
「まったく、林檎ちゃんは食い意地張ってるねぇ。……ん? 林檎ちゃん! そっちの道はホテルとは反対方向だよぉ!」
亜仁は慌てて林檎を捕まえに走った。残された三人は笑いながら、二人のあとに続き、のんびりとまた歩き出した。