初任務とハプニング(12)
「――どういうつもりなの!?」
生徒会長のデスクを叩きつけながら、そう叫んだのは茉莉だった。
「アンタ、ワザとせつなに銃弾が当たるように仕向けたでしょ!」
――一方、華乃はレザーチェアに深く腰掛けながら、涼しい顔で茉莉を見つめ、答える。
「あら、なんのことかしら?」
茉莉は、「ふざけないでっ!」と声を荒らげ、華乃に詰め寄る。
「あんな異能使えるなら、せつなに生け捕りをさせようとしないで、初めからアンタがソラビトの頭を潰すなりなんなり、してやればよかったじゃない! なんで、せつなをあんな危険な目に晒したのよ! アンタのせいで、せつなは――」
「でも、尾張さんは死ななかったじゃない」
「…………っ!」
華乃は茉莉の怒気に乱されることなく、淡々と話しつづける。
「わたくし、純粋にあの子がどのくらい動けるのか、見てみたかったの。その子の強さが、今後の国の力に関わりますから。……それともうひとつ。あの子が、神の使いなのか知りたかったの」
「……神の使い?」
そこへ、「あ、前に、はなのんからその話聞いたことある〜」と、きんぎょも会話に入ってきた。
「神の使い――この世界に変革を起こさせし核となる、今は無垢な存在ですわ。不確定な周期で、その神の使いは現れるものなのよ。それが尾張さんだった。奇跡だわ、まさかこの残された最後の一年を迎えて、偶然にもようやく出会えるなんて」
華乃は恍惚としつつも、語るのを止めることはない。
「わたくしは今まで、神の使いだと思った子たちを試してきた。今まではね、どれも違かったの。ですが、尾張さんを見てご覧なさい! 銃弾に晒されようとも、蘇ってみせたのです! あれが神でなくて、なんだというのですか!?」
茉莉は怒りを忘れ、呆気に取られていた。こんな感情豊かに表現する華乃は、見たことがない。
「わたくしはあの神の力が欲しい。わたくしの、理想の未来のために」
華乃はひととおり話し終えると、両手で包み込むようにして、茉莉の手を取った。
「協力してくれますわよね? 白咲さん」
「……わたし、は――」
「まつりん〜、そこはウソでも協力するって言わないとぉ」
茉莉の態度から、拒否しようとする意志を感じ取ったのか、きんぎょはそう口を挟んだ。
「まつりん、さっきも見てなかったの? はなのんの異能〜。あんまり反抗ばかりしてると、今度はただじゃすまないかもよ?」
華乃は短く笑うと、上目遣いで茉莉を睨みつける。
「わたくしね、以前、〈千里眼を持つ少女〉と〈重力と友達の少女〉をいただいたの。ですから、目を瞑れば、いつでもこの眼であなたのお姉様の見つけられる。わたくしがこの眼で捉えたものは、容赦なくわたくしの餌食になりうるのです。だからね、あなたが協力しないと言うのなら――」
華乃は言って、片目を瞑り、右の手のひらを見せるや、ギュッとその手を握りしめ、拳を作り茉莉へ見せつける。
「――悲しくて、あなたのお姉様の頭を潰してしまいそう」
茉莉の瞳が、明らかに恐れの色に染まる。絞り出すように、「……チート級の異能ね」と、呟いた。
「ふふ。わたくしは自身の異能を、〈生命搾取〉と名付けてるわ。わたくしね、こういうの考えるの、好きなの」
「はなのん、黒歴史確定だねぇ〜。……あ、ちなみにきんぎょのはねぇ、〈人形遊戯〉って名前つけてもらったのー。そうだ、まつりんも考えてもらったらいいよ〜」
会話の文面だけ取れば、あどけない中学生少女たちの雑談にしか過ぎないが、二人の放つ異様な雰囲気は常軌を逸していた。
茉莉は、首を縦にも横にも振れない。代わりに、茉莉は質問する。
「あなたは、本当は何が目的なの……?」
……と。
華乃は優しく微笑んで、答える。
「わたくしは、わたくしの理想の未来のために動いているに過ぎませんわ。そこに国家の思惑なんてものは、一切絡んでおりませんの。……たとえ、重なる部分はあったとしても」
「……だったら」
「――でも、あなたの目標とする未来には賛同できませんわ。あなたとわたくしは、目指している方向が違うようですから」
茉莉は奥歯を噛み締め、睨み返すことしかできない。
「安心して。あなたの目的も、最後にはきちんと果たされるわ。戦争のない平和な世界を、わたくしも求めていますから」
茉莉はこれ以上追求しようとした口を噤んだ。この生徒会長の前で何を言っても無駄だと、悟ったのだろう。
「……アンタが変なことしようものなら、わたしは、全力でアンタを止めるから」
「あら、ありがとう」
茉莉は生徒会室を出ようと、扉に手をかけた。そこで、ふと何か思い立ったような仕草を見せ、振り向き華乃を見た。
「……ひとつ気になったんだけど……アンタが神の使いだと思う、その根拠はなんだったのよ」
華乃はそんなこと聞かれるなんて思ってもいなかったのか、やや拍子抜けした表情を見せてから、答える。
「根拠なんてないわ。生徒会会長である、わたくしの直感です」
茉莉は腹の奥から込み上げるものを抑え込むように強く唇を噛んでから、「失礼しました」と言い残し、生徒会室を出ていった。