初任務とハプニング(11)
白い天井。
風に吹かれ優しく舞う白いレースのカーテン。
無機質な電子音だけが響く、静かな空間。
せつなはゆっくりと目を開けると、まず瞳に映りこんだのは奈子の姿だった。
奈子は起きたせつなに気づき、書き物をしていた手を止め、微笑みかけた。
「おはよう、せつな」
せつなは笑い返すと、「……ここは?」と質問した。
「都内の病院。せつな、昨日倒れちゃってから、まるまる一日寝ちゃってたんだよ」
「昨日……」
言われて、せつなは浅草寺でのソラビトとの戦闘がフラッシュバックした。
最後にあの銃で、撃ち抜かれた瞬間のことも。
「――っ!」
せつなはほとんど条件反射的に上半身を起こし、胸を押さえ込んだ。撃たれた瞬間のことは覚えていなくとも――撃たれた時の恐怖は、身体がしっかり覚えていた。
「せつな、もう大丈夫だよ」
奈子はせつなの背をそっと撫でた。せつなもすぐに落ち着きを取り戻し、奈子へ視線を向ける。
「……昨日の戦闘で、せつなは確かに頭と胸を撃ち抜かれて死んだ。だけど不思議なことに、せつなの傷は癒えて、再び鼓動か動き出した。一応そのあと病院へ入ったけど、異常はどこにもないって」
「そ、そんなことが……」
「――普通、起こるわけない。だけど……これが異能の力だったなら、説明はつく。生き返る異能なんて、聞いたことがないけど」
せつなは視線を落とし、自身の両手を見つめる。
「わたしの異能は、瞬間移動だけじゃなかった……?」
「……ふたつの異能が使えるなんて、今まで前例はないけど……ね。もしかしたら、せつなが初の複数の異能持ちなのかもしれないね」
そう言われたせつなは、あまりうれしいとも言えず、しかしだからといって、嫌だというわけでもなく、なんだか複雑な気持ちだった。
「詳しいことは、おいおい乃木羽に調べられていくだろうね。せつなも少し覚悟したほうがいいかも」
からかうような笑みでそう話す奈子に、せつなは頬を膨らませ、すぐに吹き出した。
ふと、せつなはあることに気づき、奈子へ問う。
「奈子お姉ちゃん。林檎先輩と亜仁先輩……それに、鉄子先輩は?」
「ああ。そろそろ戻ってくるんじゃないかな?」
奈子は答えて、扉を見やった。ちょうどそのとき、勢いよく扉は開かれた。
「じゃじゃーん。いっぱい食べ物買ってきたよぉ」
「せつな用に、おいしいお店の塩辛買ってきたわ!」
「二年のお守りとか勘弁だぜ、奈子〜。ただでさえ東京は人多いんだからよぉ」
扉の先には、林檎、亜仁、鉄子が、それぞれ大きな袋を両手に抱えていた。
三人は目を覚ましているせつなに気づいたのか、たちまち笑顔が広がる――ただ、林檎ひとりだけは、耳を赤くして、笑顔を隠すようにせつなから目を逸らしていた。
「お、せつな! 目ぇ覚ましたか!」
鉄子は言いながら、どかりとベッドの上へ座った。亜仁も林檎も、せつなの周りへと集まる。
「せつなちゃんが起きたらいっしょに食べようと思って、いろいろおいしそうなもの買ってきたんだよぉ。ほら、好きなの食べて〜」
亜仁は言って、テーブルの上にお菓子やスイーツ、飲み物など、様々な手土産を並べ出した。
「こんなに……! ありがとうございます! ……あ、そういえば、林檎先輩、塩辛がどうのって言ってましたよね!?」
さすが塩辛好きのせつな。林檎の言葉を聞き逃すことはなかった。
林檎はまた顔を赤くして、ぶっきらぼうに塩辛の入った袋を突き出した。せつなはそれを受け取り、中身を覗き見る。
「わぁ! こんなにたくさん!? おいしそう〜!」
せつなは、まるで宝石でも見ているかのように目を輝かせながら、塩辛を眺めていた。
「えへへ。あとでみんなで食べましょうね!」
せつなは林檎へ向けて笑顔で言うと、「ま、あなたがそういうなら付き合ってあげるけど……」と、林檎は照れた様子で視線を外したまま答えていた。
「林檎ちゃん、せつなちゃんのためにめちゃくちゃ悩んで選んでたんだよ〜。優しい先輩だよねぇ」
「べっ、別にせつなのためとかじゃない! ずっと元気でなかったら、異能部の活動に支障をきたすでしよ!」
せつなに寄りかかりながらそう話す亜仁に、林檎はとっさにそう弁明した。素直じゃない性格のようである。
そんなとき、奈子のスマホが鳴った。スマホには、乃木羽からの着信メッセージが表示されていた。
奈子は電話に出る。
「こちら異能部部長、三山奈――」
『いやいや、任務外だってのに、挨拶が堅苦しいわよ』
電話の向こうの乃木羽はそう言って笑った。
『せつなさん、退院してオッケーだって。特に異常も見当たらないしね。経過観察ってことになったわ。……で、これは生徒会長からの伝言なんだけれど』
一瞬、乃木羽の息の弾む音が小さく聞こえた。
『――ソラビト退治でお疲れだろうし、せっかくだから、東京観光してから帰ってきなさいだって! よかったじゃない、みんな』
「東京観光……!」
奈子のひとことを聞いて、ほかの四人も察したのだろう。全員が期待に満ちた顔を浮かべていた。
奈子は乃木羽に礼を述べると、電話を切り、四人を見た。
「せつなは今日で退院。それと、生徒会長からの施しを受けた。一泊二日の東京観光の許可が出たぞ」
それを聞いた四人は、声を揃えて「やったー!」と叫んだ。
「せつな! 歩いてて知ったんだけどさ、アキバには塩辛専門店的なのもあるらしいぜ。退院祝いに早速行こうぜ!」
「塩辛専門店!? いっ、行きます!!」
せつなは鼻息を荒くして、ベッドから飛び降り身支度を始めた。
もうその様子は、普段と変わらない。むしろ、普段よりも元気いっぱいだった。
「……っていうか、てっちゃんたちは電車には乗らずに、アキバまで歩いていたのかい?」
「イエス! いいウォーキングだったぜぃ」
亜仁のピースサインを受け、元気な後輩たちに笑みがこぼれる奈子であった。