初任務とハプニング(10)
「……せつな? ……せつな!!」
奈子はイヤホンに手を当てながら、必死に遠くへいるせつなへ向けて声をかけていた。
「……何よ、急に音声が途切れたと思ったら、また銃撃音なんて……!」
「たぶん、ソラケン部がせつなちゃんとやり取りしていたから、こっちの通信が一時的に切れてたんじゃないかなぁ……。それにしてもせつなちゃん、どうして返事ないの……」
ヘリコプターはそろそろ東京の空へ突入する頃だった。
異能部一同、そして鉄子の間に、焦りと不安の空気が流れる。
「……どうしよう、せつなに何かあったら、わたし……。また……また、聖子部長のときみたいになったら……」
「――おい、奈子!」
恐怖で頭を抱える奈子に、鉄子は声を上げた。
「……今はお前が部長だろ。そんなんでどうすんだよ」
奈子は鉄子の後ろ姿を見上げ、「ごめん」と謝り、外を見た。
「……これから着陸する。腹据えて行け」
鉄子はそう言うと、ハンドルを切った。
◇
ヘリコプターから降りた一同は、せつなの元へと急いだ。
「――っ!!」
一同はその惨状を見て絶句した。
――荒れ果てた建造物を前にして、血を流し倒れるせつな。
「……せつなぁ!!」
奈子は喉を枯らし叫び、せつなの元へと駆け寄った。林檎、亜仁、鉄子も奈子のあとに続く。
奈子はせつなを抱え、必死に名前を呼ぶ。せつなは目を瞑ったまま、動き出す気配はない。
「……ウソ、でしょう?」
林檎は言う。
「ウソよ、こんなことってないでしょう。わたしまだ、せつなのことなんにも知らないのよ」
林檎はせつなの手を握った。
「……せつなちゃん。〈目を覚まして〉よ……」
亜仁は願いながら、せつなの頬に手を触れるが、すっかり冷えきった頬は、辛い現実を突き返してくるだけだった。
「…………」
鉄子は顔を伏せ、せつなから背を向けた。
「…………こちら異能部一同、せつなと合流した」
奈子はソラビト対策兼司令部へと連絡する。
それを受け取った乃木羽は、生徒会長を一度見てから、奈子へ返答する。
「はい。こちら司令部乃木羽。……せつなさんとソラビトの状況は?」
『……ソラビトは消息不明。フラウドストーンを遺していないため、掃討し損ねたようです。あたり一帯の損害は大。せつなは……』
奈子の言葉が詰まる。乃木羽は最悪の事態が起きてしまったのだと、その様子から察したのか、
「……わかりました。すぐに鉄子とともにこちらへ戻りなさい」
と、それ以上言わせないように先回りして返答した。
「……了解」
乃木羽から指示を受けた奈子は、そっとせつなへ視線を落とした。
さっきまで温かかった、大切な妹。今は冷えきって、なんの反応も示さない。
「……遅くなって、ごめんな」
奈子は言って、せつなを抱きあげようとしたときだった。
一瞬、せつなの指先が動いたのだ。
見間違いなんかじゃない。確かに、せつなは動きを示した。
「……せつな?」
奈子はせつなを見つめた。
林檎も亜仁も、小さな希望を持ってせつなを見つめ、その様子に気づいた鉄子も、振り向いて異能部員たちを見据えた。
一同に囲まれたせつなは、すーっと深く息を吐いた。それから、ゆっくりと瞳を開く。
「……奈子、お姉ちゃん……?」
小さく紡がれたその言葉に、みなは涙を滲ませた。
「……せつな。……ああ! せつなぁ!!」
奈子はせつなを強く抱き締めていた。亜仁もそんなせつなに抱きつき、せつなは訳がわからないまま、ただされるがままになっている。鉄子もそれを見て心底安心したのか、安堵の表情を浮かべていた。
林檎はイヤホンに手を当て、
「――こちら異能部副部長、叡天林檎。……せつなが、息を吹き返しました!」
と、ソラビト対策兼司令部へと通達を入れた。
ソラビト対策兼司令部のスピーカーからは、その林檎の報告がしっかりと届いていた。異例の出来事に、その場にいた全員は驚愕と歓喜に包まれていた。
乃木羽はすぐさま咲へ「病院の手配を!」と告げ、異能部へ、「近くの病院をこちらで手配するわ。今からわたしの指示する場所へせつなを運んで――」と、的確に指揮を取りはじめた。
此乃は、「奇跡であります! ね、お姉ちゃん!」と、華乃を見て話した。華乃は此乃の頭を撫で、
「ええ、希望が見えたわ」
と、言い残すと、そっとソラビト対策兼司令部をあとにした。きんぎょと茉莉も華乃に続いて、静かにその場から離れていった。
此乃は首を傾げつつも、そんな姉たちを見送った。
華乃は軽快なリズムで歩を進めながら、生徒会室へと戻っていく。
「やっと巡り会えたわ。ああ、神の力には感謝せねばなりません」
廊下を歩きながら感極まる華乃に、きんぎょは「はなのん、なんでそんなテンション高め〜?」と質問した。
華乃は一度足を止め、振り向く。
「わたくしのずっと欲していた再生の異能と出会えたからですわ。ああ、早くアレを手にしなくてはなりませんわね……」
華乃は恍惚の笑みを浮かべていたが、その瞳は光の差し込む隙もない、暗い闇に覆われていた。
「――どうにかして、あの子をいただけないかしら?」
華乃は呟き、怪しく舌なめずりをした。