初任務とハプニング(6)
『前代未聞であります! 大ピンチなのでありま〜す!』
イヤホン越しで慌てふためく此乃に、奈子は「落ち着いて、何があったか説明してくれ」と、冷静に此乃へ説明を求めた。
『こ、此乃、今夢を見たであります。見たことないソラビトが、人を撃っ――』
『此乃! 一旦変わりなさい!』
一瞬、ガサゴソと何やら擦れるノイズが入る。向こうで、乃木羽が此乃からマイクを奪い取った音だろう。
『異能部、緊急事態よ。別地点でもソラビトの出現が確認されたわ』
「なんですって!?」
驚きの声を上げたのは林檎だった。
「今まで二体同時に現れるなんてこと、なかったじゃない!」
「……乃木羽。二体目のソラビトはどこに?」
声を荒らげる林檎を視線で制しつつ、奈子はそう問うた。
イヤホン越しの乃木羽の吐息から、相当切羽詰まった状況なのが伝わってくる。
『……二体目の出現場所は、雷門よ』
「――雷門!?」
これには奈子も冷静ではいられなかったようで、途端に冷や汗が滲み出す。
「か、雷門って……東京、だよね? 今まで、都心にソラビトが出るなんてこと、なかったのに……」
亜仁の瞳が焦りの色に変わる。
せつなはそんな先輩たちを見て、一気に胸の奥で不安が渦巻く。同時に、小さな使命感も芽生えていた。
悠長に立ち止まってはいられない。さきほど仕留め損ねたソラビトは、今にも身体を起こそうとしている。
奈子は立ち上がろうとするソラビトを見てから、三人のほうを向く。
その瞳を見て――せつなは覚悟を決めた。
不安がっている場合ではないと、せつなの心が強く訴えかけていた。
『……無茶なお願いだとはわかっているけれど、ここは二手に分かれて、ソラビトの対応にあたってくれないかしら』
乃木羽の申し訳なさの混じった声が響く。
奈子は静かに頷き、指示をしようと口を開いたときだった。
「――わたし、雷門なら、昔行ったことがあります!」
せつなが先に、そう口火を切った。
「わたしが瞬間移動して、ソラビトの対応にあたります! 先輩たちは、ここのソラビトの掃討をお願いします!」
「せつな! まだ初任務でそんなこと、できるわけないだろう!」
奈子は止めようとしたが、せつなの意志は固かった。
「わたしはもう、異能部の一員です。国のために、全力を尽くすのは当然のことです!」
奈子は「ダメだ!」と、せつなの腕を掴んだ。
「部長命令だ。わたしとせつなでヘリで向かおう。単独行動はさせられ――」
『部長! 避難誘導をかけていますが、すでに重傷者が出てしまっているようです。このまま放置していたら、被害はもっと広がります!』
『わかってるわよ! 異能使いがつくまで、自衛隊のほうでなんとか持ち堪えるよう伝えて!』
奈子の言葉を遮るように、聞こえてきた現場の悲鳴。もうせつなの中で、自身の異能を生かさないなんて選択肢はなくなった。
せつなは、奈子を真っ直ぐ見つめ言う。
「……奈子お姉ちゃん。わたし、待ってるから!」
その瞬間、奈子の手から温もりは消えた。もう目の前には、後輩であり、妹でもある大切な彼女の姿はない。
「……せつな」
悲しみに暮れる奈子の肩に、林檎と亜仁はそれぞれ手をかけた。
「部長。せつなを信じましょう。わたしたちは、まず目の前の敵を片づけるべきです」
「ちゃっちゃと終わらせて、せつなちゃんのところへ行きましょう、部長」
奈子は悲しみを振り払い、ソラビトと向かい合う。
「――ああ。相手はだいぶ弱っている。三秒で片づけるぞ、みんな!」
「「了解!」」
残された三人は一斉に地面を蹴りあげ、ソラビトに立ち向かった。