学園探険(14)
「これはソラビトを解明するための貴重な手がかりです。今後とも、締切を守ってキチンと提出するように」
華乃は、そうぴしゃりと奈子を叱った。奈子は申し訳なさそうに謝罪を口にし、帰っていく。
その背中を見送って、華乃はゆっくりと扉を閉めた。
「――『フラウドストーン』、ですよね」
タイミングを見計らったかのように声をかけたのは、茉莉だった。
「あら、よくお勉強なさっていること――あくまでこの呼び名は、わたくしたちが勝手にそう呼んでいるだけで、正式名称は知りませんけれど」
華乃は言いながら自身のデスクへと移動し、足元の隠すように置かれた金庫へそれをしまう。
「……それ、どうするんですか」
「国家へと提出します。国家の研究チームがこれを解析し、ソラビトの正体を突き止めるために」
「――アタシの聞いた話だと、それは貴重な原料だっていうけど」
茉莉の言葉に、華乃の目の色が変わる。
「……そのとおりよ。いつかきたる戦争のために、これは必要なものなの」
「きたる、じゃなくて、おこす、なんでしょう?」
「あなたはなんでも知っているわね――まあ、だからこそ、生徒会へご招待したのですけれど」
華乃は顔を上げ動き出すや、茉莉を部屋の隅へと追いやるように追い詰めた。
「…………っ!」
茉莉の背には壁、鼻の先には華乃が立ち阻み、身動きの取れない状況に陥った。
茉莉の頬に、うっすらの冷や汗が滲む。
「わたくしの目の黒いうちは、勝手な行動はさせませんわよ」
「……アンタ、自分が何やってるかわかってんの?」
「上級生への口の利き方がなってませんわね。……まあいいですわ。わたくしだって、戦争は好みません。ただ、今はしかたありませんのよ。それにいいんですの? 下手に動けばあなた――いえ、あなたのお姉様がどうなるか」
茉莉は、その言葉に動揺を隠せないでいた。
「あなたのことは事前に調べあげています。あなたのご家族のことや、過去に何があったのか、そして、あなたの目的も。……あなたは、運良くここへ入学できたと思っているかもしれませんが、仮に、あなたが異能を持っていなくても、国家はあなたをこの学園に入学させていたのよ――あなたを、しっかりと監視下へ置くためにね」
「……すっかり、国家の犬ね」
「いいえ、わたくしは――国家の娘ですわ」
そんな二人のやり取りの中に、突如パシャリ、という雑音が紛れ込んだ。
音の根源を辿れば、ソファでくつろぎながらスマホを二人へ向けているきんぎょがいた。
「やり〜。はなのんの壁ドン写真ゲット〜」
華乃はそんなきんぎょを見て、一気に気が抜けたようで、口元を緩めていた。
「インスタにあげよ〜……ってしたいところなのに、繋がんないだよな〜」
きんぎょは本当につまらないと言いたげに、唇を尖らせた。それから、気分を変えるためか、寝転がる姿勢をやめ、身体を起こしてソファに深くもたれかかる。
「ふふっ。でも、全生徒のチャットには載せられますわよ」
華乃は言いながらきんぎょの隣へと座り、ごく自然と話の中に入り込む。
「チャット内でしたら、外部へ写真が流出することなんてないですし」
「きんぎょはもっと不特定多数の人に見てもらって承認欲求満たしたいの〜。……ってか、はなのんはさ、チャットに載せられてもいいの?」
「構いませんわ。後輩との仲睦まじい姿を見られても、後ろめたいことなんてありませんもの」
「……これを仲睦まじいだけで言い切るって、はなのんのメンタリティマジ神ってるわ〜」
華乃ときんぎょは二人してソファに座り、雑談を始めた。
茉莉はその輪に入ろうともせず、この場を去ろうとしたのだが――
「まつりんもおいでよ〜。せっかくの出会いの日なんだから、もっと語り合おーよー」
と、きんぎょに呼び止められてしまう。
茉莉は目も合わせようともせずに、「お断りします。……あと、まつりんなんてあだ名もやめ――」と、断りの文句をいれていたのだが、急に右手を何かに掴まれた感覚がし、言葉を切った。
茉莉が自身の右手を見れば、デメキンのように大きく突出した瞳を持つ、とてもかわいいとはいえない見た目のテディベアに手を握られていた――きんぎょがさきほどまで背負っていたテディベアだった。薄汚れていて、何度も何度も縫い直したであろう、体中に張り巡らされた針目は痛々しく思え、何より不気味であった。
「……な、なに」
「まつりん。きんぎょたちぃ、同じ生徒会の仲間だよね〜?」
「…………」
茉莉は華乃ときんぎょを見たまま、その場から動けなかった。反論もできずに、ただ立ち竦むだけだった。
華乃はソファから立ち上がり、茉莉にも座るよう示す。
「わたくし、仲間割れなんてしたくありませんの。だから、ね。協力してほしいのよ。わたくしにはあと、この一年間しかありませんの」
茉莉は首を縦にも横にも振れなかった。
「――まだ遠い先の戦争を止めるより、わたくしは、今目の前の大切な人を救いたい。それはきっと、あなたも同じでしょう?」
茉莉は何も言えずに下唇を強く噛んだ。
「大切なものに優先順位があるのは、当たり前のことですわ。だからね、白咲さん、今のうちから優先順位はつけておきなさい」
茉莉は何かを諦めた様子で、重い足取りのまま二人の輪の中に入っていった。