学園探険(13)
「おなかいっぱい〜。ねぇ、奈子お姉ちゃん、次はどこへ行くの?」
学園給養部をあとにしたせつなたち。奈子の案内で、再び校舎へと戻ってきていた。
「ひととおり部活も回り終えましたよね。……となると、最後は……」
くるるは想定がついたのか、緊張で顔を強ばらせた。一方、せつなはまだ何もわかっていない様子で、呑気に構えていた。
奈子はある場所で足を止めた。
目の前にあるは、厳かな木製の観音扉。その上には『生徒会室』と書かれた、威厳あふれる金色のプレートが飾られてあった。
「――くるるさんのご想像どおり、次に挨拶するのは『生徒会』だ」
奈子の声のトーンは、今までよりもやや落ち着いていた。三年生という立場の奈子といえども、生徒会とその他の生徒たちでは、立場の差があるものなのだろう。
奈子は扉を二回ノックする。「どうぞ」という凛とした声はすぐに返ってきた。「失礼します」と奈子は言い、扉を慎重に開ける。
開けた先にまず目に入るのは、待ち構えるようにして木製デスクに腰かけている生徒会長、王樹華乃だった。その両隣には茉莉と、もうひとり、この場のイメージとそぐわない、頭に大きなお団子を作り、制服を着崩し、背中に特徴的なテディベアのぬいぐるみを下げている少女がいた。
茉莉を見かけたせつなであったが、さすがにこの場の生徒会の雰囲気もあって、保健部でくるると再会したときのように、フランクに話しかけることはできなかった。
「異能部所属、三山奈子です。新入生より生徒会一同様へ、ご挨拶に伺いました」
奈子が挨拶をすると、華乃は小さく笑った。
「そんな堅くなくてよいのよ。わたくしたち、同じ学年なんですから」
華乃は言って、せつなとくるると見やった。
「入学式ぶりですわね。……といっても、たった数時間前のことですけれど」
せつなとくるるは奈子にそっと背中を押され、一歩前へ出た。緊迫の中、先に口を開いたのは、せつなだった。
「一年、異能部所属、尾張せつなです。よろしくお願いします」
続けて、くるるも挨拶を述べる。
「一年、ほ、保健部所属、小熊くるる、でしゅっ……あっ! すみません! くるる! 小熊くるるです!」
くるるは極度に緊張していたのだろう。噛んでしまったあとも、アタフタとそう言葉をつづけ、顔を真っ赤にして目を回した。
茉莉はそんなくるるを見て、小さくため息をついていた。
華乃はそんなくるるを見て、上品に笑い、「かわいいわね」と、囁いた。
張り詰めていた空気も少しだけ和み、二人はようやく少しだけ緊張がほぐれた。
華乃は立ち上がり、デスクの前へと移動する。
「わたくしの挨拶は一度聞いているとは思うけれど……改めて、自己紹介させていただくわね。わたくしはこの学園の生徒会長、三年、王樹華乃です」
華乃は次に右隣へと視線を向けた。挨拶のパスを回されたお団子ヘアーの少女は、なんともやる気のなさそうな態度で口を開く。
「生徒会副会長、三年、淡瑞きんぎょで〜す」
きんぎょは挨拶を終えるや、「あとはまつりん、よろ」と、パスを回した。茉莉はやや不服そうに受け取りながら、三人のほうを向く。
「生徒会書記、一年、白咲茉莉です。まだ学園に入ったばかりの新参者ですが、よろしくお願いいたします」
それは、明らかに奈子へ向けた挨拶だった。せつなとくるるには、少し前に教室で名前を教えあっているからだろう。しかし、教室での態度とあからさまに違う上級生向けの態度に、せつなとくるるは物珍しそうに茉莉を見つめていた。
茉莉の挨拶が終わったのを受け、華乃は、
「今年は例年に比べて数少ない新入生となってしまったけれど……同じ一年生同士、仲良く過ごしてもらえたらうれしいわ。なんだかこの子、素直じゃない性格のようだから」
と話して、横目で茉莉を見た。茉莉はじっと、華乃へ視線を返す。
華乃は自然とそれを受け流しながら、
「せっかく来たのだし、お茶でもいかがかしら? きっとほかの部も回ってきたのでしょう。お茶を楽しみながら、いろいろとお話を聞きたいわ」
と、提案した。
せつなたちは断るわけもなく、華乃の誘いを快く受けると、隣の応接スペースへと案内された。
その後、せつなたちと生徒会の談笑は、しばらく行われたのだった。
◇
夕日も顔を見せはじめた頃、お茶会はお開きとなった。
「本当にありがとう、楽しかったわ。明日から本格的に学園生活が始まりますから、今日はゆっくりおやすみなさい」
華乃に見送られ、帰ろうとするせつなたち。そのとき、「ひとつよろしいかしら、奈子さん」と、華乃に呼び止められた奈子は足を止め振り向く。
「本日の任務報告書、遅くても明日の朝までには、ソラビト対策兼司令部へ提出なさい」
笑顔で釘をさしてきた華乃に、奈子は頷くしかなかった。
「――ですが、先にそれだけは預かっておきます」
と、華乃は言った。奈子はそれだけの言葉ですぐに理解したようで、ウエストポーチから青い宝石を差し出した――ソラビトとの戦闘後に、奈子が手に入れていたものだ。
「これはソラビトを解明するための貴重な手がかりです。今後とも、締切を守ってキチンと提出するように」
奈子は「す、すみません……」と謝り、その場をあとにした。
生徒会室を離れてから、せつなは「生徒会長は、サボっていることもお見通しなんだね!」と、奈子への煽りとも取れかねない言葉をかけていた。