学園探険(12)
「ん〜、おいしい〜!」
「はい! わたし、あまりとんこつは好きじゃないんですが……これはすっごくおいしいです!」
「わかるよ、くるるさん。とんこつなのに味がサッパリしてるんだよね」
米来の計らい(歩煎は強制的に米来の意向に従わされるという形)で、三人はテラス席で本日のランチメニューである、『音萌特製ラーメン』を食していた。
「うまいやろ! ウチがこだわり抜いた自慢のラーメンや!」
米来は誇らしそうに胸を張って言った。
「……タコ部長、夕食の仕込みもありますし、長話は勘弁ッスよ……」
そんな米来の背後から、歩煎が暗い表情で現れた。
「なんや、せっかく新入生が来たんに暗い顔して〜。歩煎も今日から先輩なんやで!」
「嫌だ……先輩なんて重圧かけないで……そもそもボクはこんな学園入りたくなかったんだ……なのに、なんでこんなボクが選ばれることに……きっとこの大人しさに漬け込んで、こんなブラック部活で働かせることが目的で……くっ!」
歩煎はたちまち顔を青くして、部室内へと逃げ込んでしまった。
「あー! ちゃんと新入生ちゃんとも話さな……っ、もう! また厨房へ逃げたな! ……ごめんな、二人とも。歩煎はな、人前で話すの苦手やねん。でもな、二人のこと、嫌いっちゅーわけやないから……」
米来は困ったように頬に手を当てていた。
「あ、あんまり学園が好きじゃないんでしょうか……」
くるるは歩煎が消えていったほうを見ながら言った。
「ちゃうで。歩煎は元々性格がああなだけや。入部してきたときも、最初の言葉が『退部させていただきます』だったからなぁ」
「それはどう受け取っていいんでしょう……」
くるるは困り顔だった。
「でもな、歩煎は表はあんな感じやけど、実際はいい子やし、優しいし、料理に対してはめっちゃ真摯なやつやねん。……ほら」
米来は背後へと視線を送る。そこには、トレーを持って、こっそりとせつなたちの様子を伺っている歩煎がいた。さっきはただ逃げていっただけかと思われたが、本来は別の目的があったのだろうか。
「歩煎先輩!」
せつなが言うと、歩煎は「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げ、肩を震わせた。
「歩煎、大丈夫やからおいで」
米来のひと声で、歩煎はゆっくりとせつなたちの前へ現れた。トレーの上には、四つのシュークリームが置かれていた。
「……しょ、しょっぱいもののあとは、甘いものがいいかなって……。食感の軽いシュークリームがオススメかと思って持ってきたんだけど……あ、でも、カロリーオーバーとかそういうのがあったら――」
「わーい! いただきまーす!」
歩煎の言葉を待ちきれず、せつなは堪らずシュークリームを手に取った。くるるも奈子も、せつなに続いてシュークリームを手に取り頬張る。
「……! これ、今までで食べたシュークリームの中で一番おいしい!」
「クリームが最高です〜」
「歩煎、もしかして新作? これもすごくおいしいよ! 林檎も気に入りそうだ」
三人から口々に称賛の声を受け、歩煎の真っ白な肌はあっという間に赤く染まりあがっていた。
米来はそんな歩煎を温かく見守りながら、ふとシュークリームがまだひとつ残っていることに気づいた。
「およ? 歩煎、そのシュークリーム一個残っとるけど……」
歩煎はハッとし、恥ずかしそうに目線を下に逸らしながら、おずおずと米来へシュークリームを差し出した。
「あ! もしかしてウチの分なん? おおきに〜」
米来は早速シュークリームをひとくち食べた。歩煎はじっと、上目遣いで米来を見つめている。
米来は食べた瞬間、パッと顔が明るくなり、
「これめっちゃウマイで! 生地の口当たりも最高や! カスタード以外にも、バリエーションが増えるといいかもなぁ」
と、褒め言葉とアドバイスを歩煎へと送った。
歩煎はここで初めて控えめな笑顔を見せ、そのまま部室内へと駆け込んでいった。
「あら、またどこかへ行ってしまいました……」
と、くるるは呟いた。
米来はまた心配の色を浮かべる後輩二人に、「ちょっと来てや」と、手招きすると、カウンター奥の扉の前まで連れていった。米来は、音を立てないようにゆっくりと扉を少しだけ開き、一同はこっそりと覗くような姿勢を取る。扉の奥は、どうやら厨房だったようだ。その片隅でひとり、懸命にメモをしながら料理をしている歩煎がいた。
その歩煎の横顔は――さっきまでとは別人のように、やる気に満ちた表情をしていた。
「歩煎はな、一見根暗な感じ出しとるけど、本当はちゃう。スイーツ作りが大好きな、天才少女なんよ。ウチは歩煎のあの顔を見てるのが、一番好きやねん」
米来は言って、そっと扉を閉めた。
「休みない……ちゅーのは実際ホンマや。でも、それは学園給養部だけの話やない、ほかの部だってそうや。ソラビトから国を守るため、毎日気の抜けない日々を送らなアカン。ウチらはな、食事っちゅー形でそんなみんなの支えになるんや。それは嫌なことやない、誇るべき仕事や」
米来は、せつなとくるるへ視線を移す。
「だからな、アンタら二人も疲れたら遠慮なくここへ来てや。ウチらの料理食べて、笑顔になってくれるのが何よりもうれしい。それは、歩煎も同じ」
米来は最後に、「二人とも無理せず頑張ってや」という言葉で、話を締めくくった。
せつなとくるるは、改めて身を引き締めた思いで「はい!」と、返事した。