学園探険(9)
「はぁ……はぁ……」
せつなは、だいぶ息を切らしていた。
ここまで連続で瞬間移動を使ったことがない。まさか、これほどまでに体力が削られるとは思ってもみなかった。
ソラロボは外観にかなりの傷を負ってはいるが、さきほどから一貫して動きのキレは変わらない。せつなが動力部にダメージを与えきれていないことは、一目瞭然だ。
「ふふふ。このオレの傑作を簡単に倒そうなど甘いわ。さっさとこの戦いに決着をつけてやろう」
すっかり悪人面の鉄子。奈子は呆れを含んだ笑みを浮かべると、鉄子のそばに置いてあったマイクを自身のほうへ引き寄せた。
「あっ! 何すんだよっ!」
マイクを取られて頬を膨らませる鉄子を無視して、奈子は肩で息をしているせつなに向かって話しかける。
「せつな。適当に攻撃していたって埒が明かない。確実に、相手の弱点を突くんだ」
「奈子お姉ちゃん……!」
その声を聞き、奈子に縋りたい気持ちが生まれてしまったせつなは視線をソラロボから外し、奈子の方へと向けてしまった――しかし、その一瞬を鉄子は見逃すわけがない。
「せつな! 目を離すな!」
奈子の一喝で、意識をソラロボへ戻したせつなは素早く異能を使い、ソラロボからの攻撃を逃れた。
「ちぇー、余計なこと言うなよなー」
「こっちだって、後輩の監督責任があるからな」
せつなは一旦ソラロボと距離を取り、落ち着いてソラロボの全体像を観察する。
「奈子お姉ちゃんは、弱点を突くって言ってた……。きっと、アレにも何かあるはず……だよね」
せつなはソラロボの頭から爪先へかけて、それらしいものはないかと、目をひたすら動かしながら探していく。
「……あ」
「――そろそろ、こっちもまた動き出すよ!」
せつなが何か気づいたのと同時に、鉄子操るソラロボも走り出した。
せつなはさきほどまでの様子とは打って変わって落ち着き払い、ソラロボをしっかりと見据えていた。
奈子は期待の眼差しで、せつなを見つめる。
ソラロボがある程度近づいたところで、せつなは腰を屈ませ、ソラロボの足の間を潜った。ソラロボの身体の下でせつな顔を上げ、腹側を確認する。
「――あった!」
ソラロボはあっという間に走り抜けるや足を止め、滑らかな動作で身体を向き直し、再びせつなと対峙した。
せつなはもう怖くなかった。
さきほどの一瞬で見えた弱点。あの赤いランプさえ破壊すれば、せつなの勝利は確定するはず。
「げげっ。アイツ、センサーに気づいたか?」
せつなの顔つきの変化から察した鉄子は、焦りを見せはじめた。奈子は、早く結果を見たいとでも言いたげに、その口元には力が入っていた。
「ふん! 弱点に気づいたところで、倒せなければ意味はないんだぜ!」
鉄子は挑発とともに、コントローラーのスティックとボタンを複雑に操作しはじめた。ソラロボは走り出したが、しかし突然、勢いがついたところで途中から地面に伏せ、床の上を滑るように突進するという攻撃に打って出たのだ。
「フハハハハ! 腹を隠してしまっては、弱点に攻撃もできまい! このまま衝突して、戦闘不能にしてくれるわ!!」
鉄子の作戦に、奈子は「アホらしい……」と呟いていた。
せつなは一瞬だけ動揺をみせたが、しかし、すぐにせつなは鎌を振り上げ、ソラロボを待ち構える姿勢を取った――まさか、近づいたところで鎌を振り下ろし、動きを止めようという魂胆か。
だが、違った。
せつなはソラロボが近くにくるよりも早く、鎌を振り下ろしたのだ。ガキッ、という金属音とともに、床に小さな隙間が開く。せつなは鎌を一気に引いて、床の一部をこじ開けた。
「あぁ!? ウソだろ!!」
せつなが鎌を入れた場所は、最初に、ソラロボが床下から登場したあの位置だった。閉ざされていた床下への開口部を無理矢理開き、今やそれは、ソラロボにとっての巨大な落とし穴と化したのだ。
慣性の法則には逆らえず、ソラロボはそのまま穴へと落下する。その際あらわになった腹部の弱点を、せつなは逃さなかった。
「あたれぇぇぇえぇっ!!」
せつなは雄叫びを上げながら、鎌を弱点向けて一直線に振り下ろした。
弱点は破壊され、赤く灯っていたランプはフッと消えた。
けたたましい音を上げながら、ソラロボは暗闇の底へと落ちていく。いくら鉄子がコントローラーを動かしても、なんの反応もなかった。
床下からの鈍い衝撃音を最後に、場はしん、と静まり返った。
しばらくして、せつなは顔を上げ、奈子と鉄子に視線を向けた。
奈子は親指を立てて笑ってみせ、鉄子は悔しそうに顔を歪ませていた。
「おめでとう、せつな。もう武器の扱いはバッチリだな!」
奈子の言葉に、せつなはピースサインを返したのだった。