学園探険(5)
「んぁっ!」
そのときだった。部室の一角から、そんなかわいらしい寝ぼけ声が聞こえたのだ。せつなたちはそちらへ視線を向けると、そこには、リクライニングチェアに寝転がっている、魚がプリントされた独特なデザインのアイマスクをしている少女がいた。
少女は昼寝から目覚めたのか、リクライニングチェアから勢いよく立ち上がり、
「ヤバいであります! なんか見たことない子が異能部の……」
と、そこまで言ったところでアイマスクを外した。
透き通るような青い瞳。そして、その顔立ちはどこか見覚えがあった。少女はせつなを見るや、「あ! この子っぽいです! 夢で見た子!」と、せつなを指差して叫んだ。
咲は、「新入生にいきなり失礼ですよ」と少女を窘めると、少女は落ち込んだ様子で謝ったが、「はっ! この子たちが、話に聞いていた新入生なのでありますね!」と、すぐに機嫌を元の調子に戻し、せつなとくるるへ興味を向けた。
せつなは、「わたしは気にしてませんから」と前置きしてから問う。
「あの、『夢で見た』……って、どういうことでしょう?」
少女はなぜか自慢気に胸を張ると、答えてみせた。
「申し遅れたであります! 此乃は、二年、ソラビト兼司令部所属、王樹此乃であります!」
名前を聞いて、せつなは彼女になぜ既視感を覚えたのか、気づいた。
「――此乃は、『予知夢』という、異能持ちなのでありますよ!」
「異能」という言葉に、せつなとくるるは「えー!?」と驚愕し、声を上げた。
「いっ、異能部以外にも、異能使いがいるんですか!?」
くるるはそう言った。
「当たり前なのであります! 異能部はあくまで、戦闘向きの異能を持つ生徒が配属される部なのであります!」
せつなとくるるは、またもや同時に「へぇ〜!」と、口を揃えて驚いていた。
「名前を聞いて察したかと思いますけど、この子は生徒会長の妹です」
咲に紹介され、此乃は鼻を高くしていた。
「此乃はね、この部に所属が決まったとき、『異能部へ行ってソラビトと戦いたいから、配属先変えてよ〜!』って、姉に対してグズってたのよ」
「部長! そんなこと新入生の前で言わないでください! 初めてできた後輩なのに……!」
乃木羽から水を差された此乃は、恥ずかしそうに反論していた。
此乃は「話を戻すでありますが!」と、せつなとくるるに向き直った。
「此乃は、予知夢が見れるのであります。見た夢は必ず現実で起こるのですよ」
「……! じゃあ、もし此乃さんが塩辛の雨が降る夢を見たら、それが現実になるってことですか!?」
「……し、シオカラ……?」
困惑する此乃。くるるは、「せつなさん、塩辛好きなんですか?」と聞くと、せつなは満面の笑みで頷いた。
「えっと、中々渋い趣向をお持ちでありますね……」
此乃は若干引き気味だったが、すぐに元の調子に戻して、こう答える。
「残念ながら、それはないのであります。此乃は、絶対に今後起きることしか夢で見ないのでありますよ。正確にいうと、現実で起こることしか夢として覚えていない、でありますね。仮に塩辛の夢を見ていたとしても、それは覚えていないのであります」
せつなはガッカリした様子で肩を落とした。その両隣で、奈子とくるるは苦笑いを浮かべていた。
「そういえば、異能部の……とか言っていましたよね。せつなさんを見て、夢で出た子と言っていましたし……どんな夢を見たんですか?」
くるるは話を最初へ戻し、此乃に尋ねた。
此乃はうーんと頭を捻って、
「……あれ? なんだっけ……確か異能部にあなたがいて、挨拶? してたような……忘れちゃった。でも、ドッシリと構えてたし、きっと部長になっていたかもしれないでありますよ!」
と、話した。
「え! わ、わたしが部長……!? それって、いつそうなるんですか?!」
「ごめんなさい、それはわからないであります。起こるのは確実なんですが、それがいつ起こるかまでは予知できないのでありまして……」
「……なるほど。そうなると、あまり実戦では生かせないですね。だから生徒会長はこの部へ……ハッ!」
くるるは思わず口にしていたことに気づき、慌てて口を抑えるが、くるるの言葉を聞いてしまっていた此乃は涙を目に浮かべて落ち込んでいた。
「で、でも! 此乃先輩の異能はソラケン部のソラビト予測の技術と掛け合わせれば、かなり強力なものになりますし、むしろこの部で本当によかったと……!」
くるるがフォローのつもりで発した言葉がダメだったのか、此乃は、今度はくるるを睨みつけると、
「ど、どうせ此乃ひとりの異能じゃ役立たずなのであります! このちんちくりんは嫌いなのでありま〜す!」
と、怒ってしまった。
「ご、ごめんなさい〜!」
すっかり不機嫌な此乃と、必死でご機嫌直しを図ろうとするくるる。そんな二人を尻目に、奈子はせつなに、
「今のうちに次の部へ移動しよう。実は報告書、まったく書いていないんだ。乃木羽が気づいていないうちに、さっさここを出よう」
と、耳打ちした。
せつなはくるるのことが心配だったが、奈子に背中を押されるまま部室を出ることにした。