ソラビト(9)
優しくその紫のフラウドストーンを手に取り、空へ掲げる茉莉。
「……なぁんか、あっさりと終わったわね」
そう話す茉莉は言葉こそ軽いものの、その口調は重く沈んでいた。
「会長相手だから、もう少し手間取ると思ったんだけど……」
「……。そう、ですね。きっとこれは、全部会長がわたしたちを信頼してくれてたおかげ……です。会長が疑り深ければ、きっと薬のことはすぐにバレて返り討ちにあってたかもしれませんし」
せつなは二人の会話についていけず、「ねぇ……それって……」と、どういうことか聞いた。
「此乃は『予知夢』でこの出来事を見ていたのよ。そこで会長の目的を知って、此乃はアンタを守るために動いた。此乃が会長に抱きついて本物の薬を盗んで、代わりに偽物の薬を投げて誘導する作戦も全部、此乃が初めに立案したの」
せつなは華乃に飲まされかけた薬を思い出しつつ、
「それってさっきの……だよね? く、くるるちゃんも、異能が使えるようになっちゃった……ってこと?」
と、震える声でくるるに尋ねた。
――今なら、異能使いになってしまったことがどんなことを意味するのか十分に理解しているせつなにとっては、とても喜べることではない。
「うーん、まあそう……ですね! わたしもせつなさんと茉莉さんとお揃いになりました!」
くるるは明るく話すが、せつなの表情は暗くなるだけだった。
「落ち込んでいる場合じゃないわ、せつな」
茉莉はせつなの隣に座り、こう続ける。
「此乃は言ってたでしょう、『みんなの未来――預けた』って」
「『預けた』って……わたし、そんなこと言われても、何も……」
「此乃は、せつなを信じてああしたのよ」
せつなは「そんな急に……わたしは、何にもできないよ」と、視線を落とした。
「奈子お姉ちゃんさえ助けられなかったのに、わたし……」
塞ぎ込んでいくせつな。
「大丈夫です。まだ……可能性はあります。わたしたちも協力、しますから」
そんなせつなに寄り添うように、くるるはせつなの手を握った。
「そうよ、アタシだって……初めから全部アンタ任せにしようなんて思ってないわ」
茉莉もせつなの肩に寄りかかり、もう片方の手を握り締めた。
「わたしたちの異能があれば、なんだってできますよ! ……って、わたし今日使えたばかりなんですけど……」
あはは、と笑うくるる。
せつなはほんの少しだけ、その笑顔を見て気が楽になる。
「ねえ、せつなは――これからの未来、どうしていけたらいいって思う?」
「……未来?」とせつなは聞き返すと、茉莉は頷く。
「アタシは……どうしたらいいか、正直わからないけど、とりあえず異能なんてもの、消えちゃえばいいと思う」
茉莉の意見を述べてから、砂浜の上に寝転がった。
「……そうですね。わたしも異能のない世界で、また一から、みなさんと学園生活が送りたいです」
くるるもそう話しながら仰向けに寝転がり、空を見上げた。
「――せつなは、どうしたい?」
改めて茉莉に問われ、考えるせつな。
「……わたしは」
この先、未来を決められるとしたら――自分自身に問いかけ、少しずつだが想いを吐き出していく。
「二人と同じ意見、かな。異能っていう壁もなくして、みんなで楽しい学園生活を送るの。みんなが悩まずに、戦うこともなくって、毎日笑って過ごせる未来がいいと思う――でも、わたしは異能があったことも忘れたくないな。二度とこんなこと繰り返さないように」
気づけば、雲は晴れていた。波も穏やかに、顔を出した太陽の光を反射していた。
三人は自然と手を繋いでいた。互いに見つめあって、笑みを零す。
「わたし、うまくできるかな。みんながバラバラになったり……しないかな」
「そんなのどうってことないわ。どうせここにいたってなんの解決にもならないんだもの、やってみましょうよ」
「それに、たとえバラバラになっても、わたしたちはせつなさんに会いに行きますよ」
せつなは茉莉とくるるの顔を交互に見て、緊張が解れたように微笑んだ。
「どこかの未来で、またみなさんと再会しましょうね」
「ええ、そのときはみんなで東京へ遊びに行きましょ」
「……うん、約束だよ」
せつなは目を閉じた。続いて茉莉もくるるもゆっくりと目を閉じ、三人は抱き合うようにて身体を丸めた。
せつなは未来を思い描く。瞬間、周囲の空気が止まり、自分の身体だけがフワリと浮かぶ感覚がした。しかしそれでも、両手にある温かな感触は、まだ確かに残っていた。
「悲劇を消して、記憶を作り、新たな時間へ――わたしが、みんなを連れて行く」
せつなは呟き、まだ見えない未来に向かって走り出した。
それが、みんなが幸せになれる世界だと信じて。