学園探険(4)
「さて、ついたよ。次に紹介するのは、『ソラビト対策兼司令部』――長いから、みんな『ソラケン部』って呼んでる」
奈子は言って、防音扉をゆっくりと開いた。
部室に入ってまず見えるのが巨大なスクリーンだ。スクリーンには気象図な似たものが映し出されている。スクリーンに対して長机が置かれており、そこにはヘッドホンやマイクなど機材が置かれていた。しかし、几帳面な部員中心なのか、配線は絡まることなく見える部分はカバーで隠すなど、きれいに収納されており、散らかった印象はまったく受けず、むしろ整頓されていた。
「あ、奈子先輩。ソラビト退治はどうでした?」
机に向かって本を読んでいたひとりが、奈子たちに気づき顔を上げた。
「後ろにいるお二方は……ああ、ウワサの新入生さんですね。二年、ソラビト兼司令部副部長、練馬咲といいます。よろしくお願いします」
咲は、話している間も変わらず無表情のままだった。あまり感情を表に出すような性格ではないらしい。
せつなとくるるはそれぞれ順番に自己紹介を返すと、咲は今度は部室の隅でひとり、ていねいに何かをファイリングしている、メガネをかけた少女を見やった。
「おーい、部長。奈子先輩たちが来てますよ」
「はいはい。報告書はそこらへんに置いといて。あとで見とくから。今いいところなのよ」
こちらを見ようともしない少女に、咲はさらに声をかける。
「新入生も来てます。挨拶してやってください」
「え〜。ちょっと待ってよ、ほんと、これだけなの」
「……忘れたんですか。ひとりは、異能使いもいますけど」
「――異能使いだって!?」
異能使いと聞いて、少女は勢いよく顔を上げた。その勢いで、メガネが斜めにズレてしまっている。
少女はさっきまでの作業を即中断し、せつなたちの元へ素早く駆け寄った。メガネに位置を直し、ひとつ咳払いしてから、真面目な表情を取り繕い少女は口を開いた。
「三年、ソラビト兼司令部部長、御宅乃木羽よ。……で、その異能使いって誰かしら……?」
乃木羽は、興味津々といった様子で、せつなとくるるを交互に見ている。
「えっと、わたしがそうです。一年、異能部しょぞ――」
「あなたが新しい異能使いね! で、で……あなたの異能は何かしら!?」
せつなの言葉を遮り、詰め寄ってくる乃木羽。せつなは困惑しつつも、「異能は、瞬間移動……です」と答えた。
「瞬間移動……!? 今までにないパターンだわ。もしこの力を応用できたら、今の物流コストは大幅に下げられるわね。その原理はどこにあるのかしら? 物質を非物質化する方法は? 量子のもつれを起こさない原因は? 細胞の動きは? 移動中のあなたの意識は? ああ、気になりすぎてしかたないわ!! これはまた、研究のしがいがあるわね!」
せつなは訳のわからない言葉の数々に、首を傾げた。乃木羽はそんなせつなにはお構いなしで、首に下げていた小型カメラを手に取ると、せつなへ向けてシャッターを切った。せつなはその眩しさに、反射的に顔を覆った。
「……ふふふ」
乃木羽は顔を緩ませ、さきほどいた机へと戻っていった。
咲はそんな乃木羽を見て、ため息をつきつつ、
「ごめんなさい。ウチのヘンタ……部長、異能オタクなんです。非科学的なこの力を社会に生かせないかって、暇さえあればああやって考えてます。……わたしにはその楽しさがわかりませんが。IQの高い人間の思考回路は読み解けません」
と、せつなへ話した。
「わたしは咲の思考回路もわからないけどな……。さっき読んでたの、数学の教本だろ? それもわたしらがまだ学ぶことのないような……」
「数学は面白いですよ。ま、さっきのも簡単すぎて微妙でしたけれど。読みながら頭で解けるレベルですね」
そんな会話が交わされる中、せつなとくるるは、視線を送りあっていた。
「……な、なんか、アタマのレベルが違う部だよね」
「ええ、そう思います。……わたしには無理です……」
そんなとき、咲はふと何か思い出したのか、「そうだ、生徒会長に渡されている物があったのでした」と、呟き立ち上がると、ロッカーから何かを取り出した。
咲はそれをそれぞれ二人へ渡した。
二人が手渡されたのは、スマホ――スマートフォンだった。
「生徒会長より預かりました、国からの支給品です。電源、入れてみてください」
二人はスマホの電源を入れた――ホーム画面が立ち上がり、そこには数種類のアプリだけが入っていた。見たところ、必要最低限のものしか入っていないようだ。
せつなは試しに『電話帳』アプリを立ち上げてみた。どうやら全生徒と教師の連絡先が入っているようだ。チラホラとまだ知らない名前もあった。
「スマホ等の通信機器の持ち込みは禁止……と事前に聞かされていたので、こんなもの支給されるとは思いませんでした」
くるるは言うと、咲は「そうですね」と相槌を入れつつ、答える。
「以前はスマホの持ち込みを許可していたらしいですが、昔、ひとりの生徒が無闇やたらと学園内のことをSNSにあげたことにより問題が起きたとかで、それ以来持ち込みは禁止となったらしいです。ですが、連絡が取れないのは不便ですので、こちらの支給品のスマホを渡すようになったそうですよ。これならいろいろと制限がかかってますから。無論、SNSはもちろんできません」
淡々と過去の事例とともに説明する咲に、せつなとくるるは、納得の色を浮かべていた。
「……では、話を戻しまして。このスマホで、離れている生徒ともやり取りができます。ソラビト警報が発令された際も、そちらへ通知がいくようになっています。あ、そうそう。ソラビト警報というのは――」
「ソラビトの出現がわかったときに、お知らせしてくれるものですね!」
せつながそう答えると、咲の表情は少しだけ柔らかくなり――正確には、柔らかくなったように見える、だが――頷いた。
「ソラビトは微弱ながら特定の電磁波を出しているらしく、それを利用し国家が開発した特別なソラビト電磁波受信機で、いつどこにソラビトが現れるのか予測ができるようになっています。ソラビトが出るとなると、そこのスクリーンに表示されるんですよ。……ま、このへんは覚えなくても大丈夫です。わたしたちの仕事なので。わたしたちは、ソラビトが現れるとわかったときはすぐに伝達し、ソラビトとの戦闘時では異能部へ指示を出したり……バックアップ的な存在として働くので、よろしくお願いします」
咲はそう説明した。横で奈子は、「さっきの戦闘のときは、まるで何も指示はなかったけどね……」と呟いていた。
咲はそれを聞き逃さなかったか、「あの等級でしたら、異能部に任せても大丈夫だと判断したんです。決して本に夢中になっていたとか、そんなことではありません」と、弁解していた。
せつなとくるるはまた顔を合わせて、お互い苦笑した。