「恋もお付き合いもまだいいかなって思ってるんです~」とか言いながら婚約者を盗んでいった聖女には、いい勉強をさせてあげましょうか
主人公アネモネの通う学院は
物理職クラス: 剣士、槍術士、弓使い、盗賊、etc.
魔法職クラス:(火・氷・雷・聖)魔術師 の
ふたクラスに分かれています。
みんな血筋で決まる専門の職業に就いていますが、主人公のようにミックスだと副業を持っていたりします。
いつもと変わらない王立学院、学生食堂での昼下がり。各自の“職種”に適したデザイナーズ制服に身を包む生徒たちが、和気あいあいと昼食をとっている。
その一角で騒動の幕開けだ──。
「アネモネ、私は卒業試験実技・ダークレッドドラゴン討伐のパートナーを君ではなく、このミルアと出撃することにした」
はぁ……。
わざわざ大勢の集まる食堂で、そんな大声で宣言するものではないわ。みなさんが何事かとざわめいている。
そのあなたの後ろにちょこんと隠れた聖魔女に唆されたのね。みんなの前で発表しなくては信じられないとかなんとか。
「アドニス。よろしいの? このパートナー契約“ダブル”を無効にするとは、私との婚約を破棄するも同然なのよ」
「我々は親同士が決めた許嫁。これを破談にしたことで両家から責苦を受けるのは覚悟の上だ」
いやいやいや、その後ろの女がそこまで好きなわけないでしょ。ちょっと冷静になりなさいよ。
「6年間、ずっと君に言いそびれていたことがある」
「あら、何かしら?」
「はっきり言って君は強すぎるんだ!」
ああ、やっぱり薄々感じていたけれど……、私への劣等感か。
この学院には「“男のプライド”を傷つけられた婚約者の対処法」なんて講義ないから、どうしたらいいのかさっぱり分からないわ。
「そうですわ! アネモネ様はお強すぎます……女性なのに野蛮です!」
あんたは黙らっしゃい! 散々私を「利用」して、今その場に立ってるくせに!!
私は大きくため息を吐いた。自身の長い赤髪をかき上げ、舐められないよう腕組みをし、刺すように婚約者、かつ我がクラスの級長アドニス・オルタを見た。
「剣士が強すぎて何が悪いの? あなたは雷魔法の使い手。分業できているではないの」
「完全に剣士ならともかく、君はいつも魔力依存武器“サンダーソード”を振り回しているではないか!」
だって私、剣士と雷魔のハーフで魔法も使えるのだもの。魔法が腕力より強くなってしまったのは半分あなたのせいよ。
ここルデスダーク王国は屈強な戦士・魔術師を多く抱えた、他国の侵略などモノともしない戦闘民族国家だ。国民の牽制が利いていて、国家間の戦争は現状起こりえないが、少し田舎にいけば人を糧とする魔物がわんさか巣食っている。その討伐パーティーを指揮するのはもちろん、貴族階級である。
この学院には、潜在能力を持つ選りすぐりの若者が国中から集まる。
それらは入学時、剣・槍などの物理攻撃に長けた者のクラス、または攻撃魔法・回復魔法を扱う者のクラスに分かれる。
私は国で有数の上位剣士を輩出したヴァレロ侯爵家の娘。剣の腕は同年代の誰にも引けを取らないと自負があったが、私は入学時、魔法クラスを希望した。
なぜなら、国で有数の上位魔術師を輩出したオルタ侯爵家の嫡男、アドニスと婚約済みで、彼を支えるのが婚約者としての責務であったから。
ここで6年学び、このたび卒業の運びとなった。
卒業に際して、この学院にはジンクスがある。「卒業試験でダブルを組み、無事合格して卒業した男女の間には永遠の愛が保証される」、というものだ。というか、卒業後、魔物討伐、遺跡発掘など、職務上大いに関わり合うふたりの相性を確かめる試験でもあるのだ。暗黙の了解で“将来の相手”と組まなくてはいけない。
「あくまで私のメインは、剣豪の専用スキルを発動することで繰りだす剣技。サブスキルの雷で本職のあなたが負けるというのなら、それはあなたが恥じるべきことだわ」
「ぐっ」
ちなみに彼が級長、私が副長。私はクラス運営においても、いつも彼を立ててきた。見物中の周りの者らからすればこれは、魔法クラス最高学年級長と副長のケンカなのである。
「私がアドニス様を、この聖なる力で精一杯お助けします! 私たちで力を合わせればきっと合格しますっ!」
「ミルア……そうだな。大丈夫だ、力を合わせれば」
あら……。“可愛いな~~やっぱカノジョにするなら聖魔だよなぁ~~”とか言ってそうなアホヅラ。
その子、3ヶ月前私に泣きついて来たんですよ。ここらで私の脳内思い出ビジョンを、食堂前方の幕に投映したいわ。
◇
さかのぼること3ヶ月前、校内図書館にて。
「先パァイ! 課題提出が迫ってるんですぅ」
「……あなた誰?」
「魔法クラス4年に所属してまぁす! ミルア・ロネスと申しますっ。私、回復魔法だけは得意ですので、ご同伴いただけないでしょうかぁ?」
今思えば面識のない学年2個上の、しかも副長である私に直で来れる根性は、並大抵のモノではなかった。
「ヒールが得意なだけじゃ、4年を修了することは難しいのではないかしら……」
まぁ私が助力することで、彼女に“気付き”が芽生えればね。後輩を導くのも先輩の役目でしょう。
私は近場の森ダンジョンに彼女を連れていった。
「現れたわね! 先生が配置した練習用ボスモンスター! 行くわよ、ミルアさん!」
「私っ、後ろから先輩にヒールかけまくりますからっ! 心おきなくどうぞっ!」
「それじゃあなたの特訓にならな……ああっ向かってきた! 仕方ないわねっ、さくっといくわよ!! てやぁああ!」
「きゃぁ、先輩かっこいぃ♡」
巨大モンスターが洞窟内で倒れ泡を吹く。練習用モンスターだが凝った作りだ。
「はい、提出用のドロップアイテム」
「ありがとうございますぅ! もぉもぉアネモネ先輩がハーレム作るなら入りたいですぅ!」
そして2ヶ月半前のある日。
「先パァイ! あたしぃ、追試受けなきゃいけなくってぇ……」
「追試はどこで?」
「カンブリア平原ですぅ。モンスター退治60匹なのですぅ……」
「夕方までに終わらせましょう」
カァーカァー……? カラスが鳴いてるわね。
「せんぱぁい……もうカラスが鳴いてますよぉ」
見りゃ分かるわ。
「はい、提出用モンスターのしっぽ60個……って、岩に座って何してるの?」
「ネイルが剥がれちゃって♪」
「……はい、60個」
「80個ですってばぁ~~。話聞いててくださいよぉ」
60匹って言ったよ??
「……あなた、何してるの?」
「ネイル塗ってます。見て分かりませんか?」
「いや、追試でコレ80個集めなきゃいけないんでしょ?」
「ヒールでモンスター倒せるわけないじゃないですかぁ! 先生ってば横暴すぎますよねぇ~」
いやあなたどうやって4年まで上がったの?
2ヶ月前。
「せぇんぱぁぃ。座学の宿題、困ってしまってぇ。ところで先輩は国の上層と戦力値魔力値の相関関係についてどういったご意見をお持ちです?」
「そうね。より強い戦力魔力を保持し、その力で人民を支配するのは資本主義、実力主義の世界でおかしいことだと思わないわ。ただ現状の世襲制には異を唱えざるを得ないわね。上位権力を持つ一族に生まれただけのボンクラなんて云々……であるからして……私が思うに……──というわけなの。まぁ私の改善案は理想論でしかないことも分かっているわ。でも一歩ずつ打開してゆかないとね」
「はいっ。そうですよね!」
「で、宿題がどうしたの?」
「あ、もういいです~~ではではぁ~~」
1ヶ月前。
「先輩ぃぃ~~! 今日はちょっとやる気を出して課題を先取りしちゃいまぁす! カルディア砦に行きましょ~?」
「私、卒業制作の締め切り間際で忙しいのだけど……」
「気分転換ですよぉ~~」
「とりゃぁ!」
ミルアは魔導士の基礎スキル“エナジーボルト”で、今までなら倒せなかったモンスターを倒した。
「……あなた、前より魔力増したわね」
「えへへっ。頑張りましたぁ。2ヶ月に及ぶ先輩のご指導のおかげですぅ」
「なら、もう心配いらないわね。あなたもこういうのは特定のパートナーと行ったほうが、将来のためよ」
「特定のパートナーですか?」
「ええ、あなたもいいところのお嬢様だと思うけど、婚約者はいないの?」
「あたしぃ、そういうのまだいいと思ってるんですぅ。もっと自分の修行に専念したくてぇ……」
「う、うん、ご実家のほうで急かされていなければ、あなたの自由だけれど」
「それにぃ、男の子のコトばーっかり考えてるのって~、私のクラスにもいるんですけどぉ、ちょっと……引いちゃいますよねぇ!?」
?? 男のことばかりって、そんなつもりで言ったのではないけど……そう聞こえてしまったのかしら?
「んー……なら、女性のパートナーでもいいんじゃない? 戦友として長く一緒にいられるような」
「女のコはやっぱり女のコ同士ですよねぇ~。考えておきまぁす!」
**
────「そういうのはまだいい」? 「引いちゃう」?? どの口が言った!? いつの間にアドニスに接近した!?
「やだぁ! アネモネ様、私のほっぺつねって引っぱってやるってカンジ? 戦意満々ですぅ!」
アドニスがささっと彼女を後ろに隠す。
「アネモネ。補助魔法に特化したかよわい聖魔の彼女を、剣豪の君が威圧するなんて卑怯だ」
「アドニス、今なら何も聞かなかったことにしてあげる。私とダブルで行きましょう。落第したら1年無駄にするだけでは済まない。エリート揃いの家の出の、あなたの経歴に傷がつく。跡取りの座だってどうなるか……」
「オルタ家を継ぐというならこれしきの事、自身の力で成してみせる! なに、ミルアがいれば百人力だ!」
「アドニス様、ステキですぅ!」
あなたのためを思って言っているのに……! はぁ、ため息が出るわ。
「確かに、この3ヶ月でミルアさんの魔力は驚くほど向上したと思うわ。私が保証する。でもさすがに卒業試験の同伴としては力不足よ。無理しないほうがいい」
「……力不足、ですって?」
そこでアドニスの背後からヌゥっと、聖魔にそぐわぬ不穏なオーラを放出させ彼女は出てきた。
「それは聞き捨てなりませんわ。アネモネ様、人を表面だけで判断していては足をすくわれましてよ」
いつもの甘えたタレ目が睨み目に。人相が変わった彼女を、私はじっと見つめてみた。
「私、爪を隠していただけですから♡」
「堂々とネイル塗りたくってたわよね!?」
「先輩、今ここで“雷の鎖”、出してください」
「は?」
指示されたので仕方なく、私はみんなの前で右手を前に掲げ、魔力を手に集中させた。
初級魔法だ、そんなのはすぐに。
「…………」
この悶着をヒヤヒヤしながら見守る周囲が、ここでどよめいた。
「アネモネ様の手から鎖が出てこない!?」
「そんなバカな。アネモネ様が消費MPの少ない簡易魔法をしくじるはずがない。まだお食事前で本調子でないのでは!」
観衆のみなさん、実況ありがとう。
「出ないでしょ? 実は実はぁ、なんと! あなたの魔力、私が3ヶ月かけて徐々に盗んでいったのでぇす」
「盗んだ……?」
「あなたは私の“脆弱な聖魔”という表面でしか判断しなかった。聖魔がそんなスキル持ってるわけないって、油断してしまったのですねぇ。でも私、超絶便利スキル・“奪取”が使えるんで~~す!」
「そ、そうなのかミルア!?」
「それは暗殺者・隠者系列のスキルよね……」
そこで彼女は聖魔用の淑やかなローブを脱ぎ捨て、女盗賊職専用の、身体にフィットした装束に包まれる自身を堂々と見せつけてきた。
「脱いだら意外とセクシーだ、とお思いでしょ?」
「隠者職が隠す気ない胸元だ、とお思いです」
「でも驚くポイントはそこではありませんわ! 私、聖魔と盗賊のハーフなんです! 誰もご存じないようですわねっ!」
誰にも存じられないような微弱なスキルしか持ってないということでは?
強者の潜在スキルはなかなか隠し切れないものだからね、うまいこと隠せる人以外。
「少ぉしずつ持ちモノ盗まれてるの気付かないなんて、脳ミソまで筋肉でカッチカチなんですね!」
「しょせん盗んだスキルなんて、本人以上に操れるわけないわ。そんなので合格できると思って?」
「もちろんあなたほど使いこなせるとは思ってませんわ。それでも盗んだ魔力の総量はなかなかですし、スキルも試してみたらさすがに強くて十分でしたっ」
自信たっぷりに宣言しながら、彼女は私のところへ寄ってきた。そして耳元で、甲高い声でささやくのだった。
「MPも高次魔法スキルもありがとう、お・ば・さん! この試験クリアして、あなたのカレも奪取しちゃいますねっ♡」
彼女は私の耳元でにやりと笑っただろう。私はなんとなく放心していて、それを目にすることもなかった。
ただ、勝利を確信したような表情の元婚約者アドニスが、踵を返し、それを彼女が追って睦まじく去っていくのを……無言で見ていた。
「……さて。昼食をいただくとするわ。“魚とカブの辛味煮込み”と“玉ねぎのグラタンスープ”と“ベリー風味のキジロースト”をお願いします」
「おお、さすがアネモネ様! 昼間から快活でいらっしゃる!」
「メニューに対する決断力、いつも素晴らしい!」
観衆のみなさん、いつも激励ありがとう。
**
あんなことがあってから3日たち、私は今日も食堂で、コクの深い煮込み料理をひとり静かに堪能している。
「おお、アネモネ様が“熟成肉の丸煮込み・魚介の酢漬けを添えて”を召し上がっていらっしゃる!」
「私たちもそれを頼もう!」
ええ、これは本日限定メニューだから、あなたがたも存分に味わうといいわ。
「さて、午後の授業に……ん? ゴロゴロ?」
食事を済ませ席を立とうとしたとき、上空に響く轟音と、床を這う一筋のいかずちが。
「「なんだなんだ!?」」
周囲は何事かと刮目した。そこに浮かぶ時空の割れた隙間から、放り出されるように転がってきたのは。
「アドニス様!?」
「4年のミルア・ロネスも一緒だ!」
「ふたりとも伸びているぞ! 怪我もひどい状態だ!」
試験から帰ってきたわね。瀕死で。
試験中、受験者のHPが危険帯に入ると、学院に強制送還されるようになっている。もちろんミッションは失敗に終わり、今回は特に、卒業を賭けた試験なので……。
「うぅん……。あら、ここは……?」
「お早いお帰りね。それで? 結果はどうでした?」
「ア、アネモネ様……」
地面に這いつくばる彼女、ミルアは立ちはだかる私を見上げ、気まずさを顔に浮かべた。
「あんな意気揚々と戦地に赴いて、まさかコテンパンに伸されて帰ってきたんじゃないわよね?」
「ぐっ……どうしてこうなったの? あなたのあり余るMPと強力なスキルを盗んだはずなのにぃ……」
「先輩としてあなたにはちゃんと考えさせたいけど、お昼の休憩時間も有限なので早速回答してあげるわ。っとその前に、隣で転がってるコレも気付けして」
アドニスを指さして、周囲に、先輩らしく指示してみた。
「アネモネ様! 私めにやらせてください!」
「いや、俺が!」
「俺も! 俺も!」
みんなで冷水ぶっかけちゃって。
「ふぅ」
下級生の彼らに任せて私は椅子に腰掛けた。
「ぶはっ……。はぁーはぁー……はっ!」
「やだぁ冷たいぃ」
「なんでアネモネがここに……ん!? ここは学食!?」
「さてと。答えは簡単よ。あなたは最初から、私のスキルを盗めていなかったの」
「ええ!? どうしてっ……。私の奪取は多くの物を盗めない……だから3ヶ月かけて少しずつやったのよ……。多くは盗めないけど盗賊の基礎スキルだもの、戦士相手でも魔術師相手でも失敗することはないのに……」
「ふふ。そうね、戦士や魔術師相手ならね。そこがあなたのビッカビカに塗りたくった《《爪》》の甘いところよ」
私は立ち上がり、彼女がやったのを真似るように、今着ている女戦士の武装を解いた。
「おおっ! アネモネ様のその装束は!」
「まるで妖精のようにユニセックスな魅力が! これは、きっとあれだっ……」
今日あたり帰ってくると見立てて、下に着込んでおいたの。
「盗賊職最高位レア職、トリックスター!!」
「隠者を極めし者が、更にスキルを磨いた、幻の職と言われる……」
これを目にしたふたりの顔が青くなった。
「まさか……あなたは剣士と魔術師のハーフでしょ……。盗賊のスキルを取得できる余地はない」
「あなたも盗賊の端くれなら情報はすべて盗みなさい。あなたが偉そうに自身の盗賊の血筋を明かしていた時、笑いを堪えるのに苦労したわ。だって、私にはその最上級ジョブの血が流れているのだもの」
解説しながら前進し、再び彼らの頭の先に立った。
「私ね、盗賊クオーターなのよ。雷魔の母が魔と賊のミックスなの」
「クオーター!? ……そんなのアリなのぉぉ……」
まぁ4分の1の血の能力なんて、たいていの者には発現しないけど。そこは血の強さと修行量ね。
「そうか、分かったぞ……お前、“あのスキル”を取得してるんだろ」
「あら、アドニス。一応頭まわるのね」
そこで気付いた周囲が感嘆の声を上げる。
「まさか……幻のスキル・“幸運の7”!?」
「なんとアネモネ様はラッキーセブンを所持しているのか!」
ふふっ。そうなの。知る人ぞ知る、最強トリッキースキルよ。
盗賊系列の最上職トリックスターは、トリッキーなスキルを用いて場をひっかきまわし、勝ち星を掠めとる陰の立役者。知能戦に参入することが多く、白兵戦の戦力としてはイマイチなのだが。
「ねぇねぇ、ラッキーセブンって何?」
知らない学生も多いでしょう。だってこれは対戦で使う派手な技ではなく、あくまで自分に掛ける受動スキル。
まぁせっかくだから見せてあげよう。
私は軽くフィンガースナップをした。
「わわわっ! 7色のオーラが見える!」
レア度の高い、受動スキルの発現オーラを目にした周囲は、ことさらに感動している。
「ラッキーセブンはね、午前7時から午後7時までに限り、自身の“回避”ステータスを+77するのよ」
「ええっ……? +77って、それもう無敵じゃない……!」
「そうね、上級戦士なら+77の回避も突破してくる奴いるけど。まぁそういうわけで、あなたの小賢しい奪取は、ずっと回避していたの」
「……私、盗めてなかったの……?」
「そう。同じ盗賊職で高レベルの私が気付かないわけないし。あなたのコソ泥の手に気付いてからは、こちらから分けてあげていたから。“驚くほど向上した”でしょ?」
「そんな……。私の魔力増強は……盗んだと思ってたスキルは……?」
「魔力は私からの施し。スキルはお試し72時間有効」
彼女の顔は夜の海のごとく真っ青になった。圧倒的上位の存在を前にして、捕食される側の恐怖を思い知るがいい。
「待て、アネモネ。受動スキルをあらかじめ掛けていたというのか? こうなることを予知して!? いくら君の魔力量でも、永続的に使うのは重荷のはずだ」
「予知なんかしてない……。私はずっとラッキーセブンを掛けていたわ。アドニス、あなたのために」
「は? 私のため……?」
「だって私……あなたの婚約者だったもの。他の男と慣れ合うつもりは一切なかったから。この学院にいる時間帯は、男の視線、誘いかけ、すべて“回避”していた」
「なんだって……?」
「そこのお嬢さんは知らないだろうけど、努力に裏打ちされた自信の伴う実力を持つ女はね、上目づかいも甘え声も必要ないの。そこにいるだけで人を呼び寄せてしまうものなの」
私は見本を見せるため、いったんラッキーセブンを解除した。
「掛け直すのもMP消費するんだけどね……」
「アネモネ様! 食後のお茶をどうぞ!」
「アネモネ様!! お靴をお磨きいたします!」
「アネモネ様~~! 俺を踏んでいただけないでしょうか!!」
わらわらと下級生の男たちが寄ってくる。これが鬱陶しいから毎日スキルを掛けていたのだ。こういうの、婚約者のある身にはトラブルの元だし。
「あっ、あなたたち! 私を裏切るのね!?」
ミルアが這いつくばったまま、私に寄ってきた男子たちに吠えた。
「あら、彼らとお知り合い? ああ、そうか。あなたがヒールだけで4年まで上がれたのは、彼らのおかげだったものね」
「あの手この手で癒してあげたのにぃ……」
「あと、あなたが私を利用して行った宿題は全て不正だって、先生に報告しておいたから。全科目追試がんばって。まぁ今後はそこの男を頼りなさいな」
私はアドニスを見下して言ってみた。
「そんな……。アネモネ様の婚約者じゃなきゃ、意味ない……」
「そうよね。試験もクリアすることができず留年が決まり、こんな情けなく転がっている男のためにずっと貴重なMPを消費していたなんて、情けなくて涙が出るわ」
スキルの掛け直し疲れでまた小腹が空いた私は、デザートを頼もうとキッチンカウンターに向かい出した。が、
「ま、待ってくれ……」
アドニスの弱々しい声に、同情が残っていたのか一瞬、立ち止まってしまった。
「ごめん……やっぱり君と卒業したい。これからもずっと君と……うわぁぁあ!」
振り向きざまに雷を落としてみた。三日は目覚めないだろう。
「ミルアさん。来年はちゃんとその人、卒業させてあげてくださいね」
私は言い捨ててカウンターへ向かう。彼女の顔なんて確認しない。そのうち親切な下級生らが救護室に運んだようだ。
**
デザートのフィッシュサンドを食べ終え、私は大きくため息を吐く。
「はぁ。私も早いとこパートナーを見繕わないと」
ここで周囲の目がギラっと光った。ガタっと椅子から立ち上がった者もいる。
しかし彼らは何も言えないでいる。
そりゃそうか。私と組めば確実に合格できることは分かっている。が、その後のことを考えると、誰しも躊躇するだろう。私の隣で任務の重責に耐えられる者など、そうはいない。いたとしても、とっくに組む相手など決まって……
「お前、卒試の相手いないのか」
ずいぶん鷹揚な、よく通る逞しい声が、背後から投げかけられた。
振り返るとそこにいたのは、“特盛カレーライス山鳥の親子添え”をがつがつと食している、居丈高な男だった。体格の良い……と言っても、戦士クラスならみなこんな感じか。
それにしてもこの男、飄々とした態度であるのに、ギラギラした青い目から赤い闘志が隠し切れていない。
「あなたは……6年、戦士クラスの級長」
「ジオライオン・グラセスだ」
まぁ、もちろん知っている。だって彼は私の実家、ヴァレロの政務上のライバル、グラセス侯爵家の跡取り息子。
両家は、剣士最上級職・剣聖を何代にも渡り輩出している同士、代々しのぎを削ってきた。
そんな家の次期当主が、私の家名を知っていて声を掛けたというの?
「そういうあなたは? きっとひっぱりだこでしょうに、まだ契約相手いないの?」
「師に独りで行きたいと言ったら却下されたんだ」
周囲もさすがに彼には敵わないと、私の相方ポジを得る意欲を引っ込めたようだ。さすがジオライオン様だ、という声も沸き立っている。
「ふぅん……。私ならあなたのお眼鏡にかなうって?」
「そうだな、まぁ来い」
「は?」
◇◆◇
唐突に試験会場にでも連れていかれるかと思ったら、ここは学院内の「寂れた女神の塔」。
もう鳴ることはない、大きな鐘が吊るされている。その屋根に彼はひょいひょいと跳び乗っていった。
「あ、ちょっと待ってよ!」
私もそれに付いていく。
私をダブルに誘っているのではないの? 一体どういうつもりなのか。
正直、私も時間の余裕がそれほどないし、多少はこちらから歩み寄ってあげる。
「あなたほどの実力者でも、私の才能を欲しているの? まぁ素直に頼んでくるなら、ダブルを組んであげなくもないわ。私もちょうどいい相手がいなくて」
「才能? お前、ポンコツじゃねえか」
……は??
「なに? あなた私の何を知っててそんなふうに言うの? 私のこと何も知らないの??」
「まぁ、はっきり言ってあんまり知らないんだが」
「私を知らないって何よ!? ずっと登校拒否してた!?」
「いや、聞けよ。みんなが思っているほど天才の塊じゃねえだろってことだ」
「どういう意味よ」
「魔クラスにいて剣技の腕が落ちないように、休み時間にこっそり素振りしてたりな。6年間」
「えっ!!」
なんで知ってるの!?
そう、私はこの6年間、いつも休み時間この人気のない塔に来て、この鐘の下で腕立てと腹筋と素振りをしていた。そんな私の秘密をなんでこの人、知ってるの……。
「俺6年間ずっと、休み時間ここで昼寝してたんだよ」
えええっ!? ずっと見られてた~~!? 誰にもバレない様にここを選んで、来ていたのに……。
っていうか……
「それをポンコツって、ひどいわ……」
顔が一気に熱くなってしまった。こればかりはどんなスキルを行使しても収まらない。
「ああ。どんな課題もなんてことないって、涼しい顔しておいて、こんな学校の片隅で汗を振り乱して素振りしてるのは、ポンコツ精神だろ」
「何度もポンコツって……!」
そこで彼は私の後ろ頭を大きな手で包み寄せた。
「でも俺は嫌いじゃねえよ」
「え?」
「血筋の才能に慢心せず、努力を怠らない。そんな人間でなきゃ組む気にならねえ」
「……!」
分かるわ。私もそう思ってる。努力を人に見せつける気はさらさらないけど、努力を認められる人が好き。
「俺と組むか?」
「そんなあっさり……。先のことを考えているの? あなたの家と私の家は……」
「あ──なんかいろいろメンドくさいこともあるが、いいさ。親父でも叔父貴でもぶん殴ってやろう」
ものすごい脳筋!
「……でも、いいか」
「ん?」
「組んであげるわ! 私の足、引っ張らないでよ!」
「いや、俺が先を行くからな。お前はサポやれ」
「ダメよ、私が前衛。ボスのトドメは私が刺す」
「じゃあ競争だ。卒試までに狩ったモンスターの総量でボス戦の役割決めるぞ」
彼は立ち上がった。今日は昼寝しないようだ。
私には分かる、彼は今、ウズウズしている。とにかく狩りたがってる。実力を見せつけたがってる。戦意がオーラとなって身体中から逆立ってる!
────なにこれ、もう。ゾクゾクするぅ!
「望むところよ。負ける気はないから!」
数日後、私たちは勇んで卒業試験に飛び込んで、制限時間の半分でクリアしてきた。
盗賊の血を一滴も汲んでいないこの男に、いろんな大事なものを私が“奪取”されてしまうのは、もうちょっとだけ先の話である。
~FIN~
お読みくださりありがとうございました。
よろしければブクマ、評価、感想など頂けましたら嬉しいです。




