クーデレ系幼馴染みを持つと苦労しかない。
クーデレ系幼馴染みを持つと苦労しかない。というのが俺こと永瀬啓が送ってきた十六年での彼女に対する感想だった。
彼女と一緒に学校から家へと帰路を辿る時も、苦労を味わう羽目になる。
「ねぇ、啓」
「どうしましたよ、アーさん」
「カクさんみたいなノリで呼ばないで。名前で呼んで」
まず、沸点が分からない。幼馴染みのノリで適当に愛称で呼ぶとこんな感じに怒られる。
愛称というのは距離を縮めるコミュニケーションとして結構有用なのだが、うちの幼馴染みはお気に召さないらしい。
彼女は愛称ではなく、名前で呼ばれたいらしいのだ。
彼女の意向なので仕方ない。幼馴染み間である特別な愛称というものに俺は密かに憧れていたのだが、残念である。
「......アリシア?」
「――――――ッ!急に名前で呼ばないで」
「嘘ォ!?俺はただお前の言う通りにしただけ――――――」
「返事は?」
「はい」
名前で呼ばれたいくせに、その割には名前で呼ぶと怒る。
急に呼ばれると驚くらしい。ビクッと背筋を震わせてものすごい勢いでこちらをみる動作は面白いが、ガチトーンでキレられるので今後も程ほどにしようと思う。
面白いので仕方ない。止めることは不可能だ。だって面白いんだもの。
ちなみにアリシアという名前で分かる通り、彼女はバリバリのハーフである。
銀髪碧眼、顔の造形がもう美少女。ハーフの力ってすげー、と普通はなるところだがこれは彼女の努力で成り立っている面も大きいことを理解して欲しい。
彼女はスキンケアも、日焼け止めだって欠かさないし、メイクまでたしなんでいる。
元から顔面戦闘力はカンストしているというのに、更に努力もするわけで、顔面戦闘力はインフレする。
百人すれ違ったら百人振り返る。そんなレベルの美少女である。
おそらくクレオパトラなんか霞むレベルだろう。アリシアの横顔をみながら頷いていると、アリシアは疑うような眼差しで俺の方をみてきた。
「なに考えてるの?」
「秘密」
「気になる」
「今日の夕飯のこと」
「どうせカレー」
「成る程。うちの母様なら3日連続カレーという暴挙もやりかねん」
今、俺の家の食卓には2日連続でカレーが並んでいる。
今日もカレーだった場合、俺に第三の反抗期が訪れることになるわけだ。
カレー自体は凄い美味しいのだ。にんじん、じゃがいも、肉に玉ねぎ。理想的なカレーの具材といってもいいだろう。我が母のカレーはそれはもう店だせるんじゃねぇかレベルでくそ旨いわけだが、流石に3日連続はヤバイ。
俺を構成する細胞が全てカレーになりかねん。
カレー地獄は今日で終わることを信じたい。いや、今日はアリシアが家に来る日だ。流石にと考えたいが我が母ならあり得る。
地獄の再来、その可能性に俺が頭を抱えているとアリシアが俺に追撃してきた。
「で、本当は?」
「ちょっと主語がないので質問の意図を理解しかねます」
「何を考えてたの?」
「俺には黙秘権が――――――」
「ん?」
俺の手を握る小さくて白くて可憐な筈のその手がこめる力が瞬発的に強まった。
痛い。冗談抜きで痛い。身体測定の時に見せた握力16キロのお前はどこに消えたんだと全力で問いただしたい。
アリシアは暗殺者の目をしていた。
明らかに殺る目だ。全身から殺気がほとばしっている。
彼女は俺が隠し事をしようとしても怒る。なんならなにしても怒る。
目に見えている地雷元に突っ込んだらそりゃ死ぬわ。ボディースーツもなにも用意してない生身の俺じゃこいつをいなせる筈もない。こういうときは本心。トゥルーしかこいつには効かない。
「お前の顔に見惚れてたって言ったら怒る?」
「......ぇ」
「いや驚くところではなくないか?}
「......いや、別に。啓が私のこと好きなんて普通のことだし?」
「そうだな」
適当に肯定を返すと、彼女は耳を赤くして顔をうつむかせる。
勝った。クーデレ系美少女は唐突に繰り出される本心に弱いことはラノベで履修済みだ。
何に勝ったのか分からないが、とりあえず勝った。
その確信だけはあった。内心でガッツポーズを決める俺がいた。
脳内で謎の麻薬物質が分泌され、有頂天になっている俺は気がつかなかった。
俺の手を握る力は未だに弱まっていないことに。
いや、むしろ強くなっていることに。
痛い。男の子の意地としてギリギリ顔には出していないが表情筋が限界を迎えそうだ。
頬がひきつっている。生命に危機を感じ始めた。例えるならゴリラと握手会をしているような、そんな気分である。
どうにかして手を繋いでいる状態から脱却しなければ、俺の右手が当分の間使い物にならなくなることは容易に想像できた。
「なぁアリシア?」
「何?」
その声色に不機嫌の色はない。むしろご機嫌と言った様子で、上目使いで俺のことをみてくる。
なんだこの可愛い生き物は。可愛い、可愛いが今は命の危機を感じざるを得ない。
見た目はウサギ。中身はゴリラ。
どこの名探偵だと突っ込みたくなるのを抑えて、俺の交渉は始まった。
「一旦この手を離してみないか?」
「......何で?」
一気に不機嫌になった。なんだコイツ扱いズラすぎる。
いや、いつものことだろうこんなことは。クーデレ系幼馴染みを持つと苦労しかないなんてことは分かりきったことだろう。目の前のコイツをクーデレ系に分類するのはどうかと思うが――――――、そんな思考をしている間に俺の右手が死ぬ。
しかし、男の子である手前、手を握る力が強まっちゃうなんてラブコメとかでありがちな緊張してしまうときにある女の子のそれに、痛いから離してなんて言って良いのか。
良いわけがない。女の子の緊張は男の大きい度量で受け止めるのが常識。
つまり、俺が男の子としての尊厳を保つためには――――――、
「――――――いや、お前と手を繋いでいる状況にちょっとドキドキしちゃってな」
受け止めるしかない。受け止めるしかないのだが、俺は尊厳なぞ知らん。
痛いもんは痛い。右手からミシミシと今も音が聞こえてくるのだ。普段俺の利き腕としてよく働いている右手さんを見捨てることなんて俺にはできなかった。
許してくれアリシア。これも俺の右手さんの為だ。
『それっぽい口実を作ってこの状況から逃げ出しちゃおうぜ作戦』長いけど略するのもめんどくさいからそのままの名前の作戦は見事に実行された!
「大丈夫。私も緊張してる」
そして一瞬で頓挫した。
何かおかしな方向性に話が進んでる気がする。というか現在進行形で進んでる。
おかしな方向性へと話が進むのを代償として、俺の手を握る彼女の力は少し弱まった。
代償が少し大きい気がするが、これは人類にとって大きな一歩である。
俺の右手が死亡推定時刻を少し伸ばせるという意味では、大きな一歩だろう。
次の一歩が問題だ。ここからどう話を振るべきか。最悪の場合死にかねん。
アリシアは耳を赤くしてなにやらもじもじしているし、何かを期待しているようにも見える。
何を期待してるんだこの状況で。右手を握るその力をどうにかしてくれたら俺も何か思考する余地はあった。
右手痛い。
俺の必死の心の叫びは彼女には聞こえていないようだった。
「ねぇ、啓」
「なんだ、アリシア」
シリアスな話が始まる予感がする。
しかし、右手は痛い。
もしかしてコイツはこの状況で真面目な話をするつもりなのか。
「私たち、幼馴染みとしての時間が長いから、その。色々麻痺してるかもしれない」
真面目な話題。真面目な話題だぞこれは。
真面目な話題がふられている。そんな状況で俺はただひたすらに右手が痛い。
こういうときはあれだ。ラマーズ法だ。
痛みから意識をそらせるってばっちゃんが言ってた――――――ッ!
頭の中がクエスチョンマークで満ちていた。
不思議な心地だった。俺は何故かアリシアに抱きつかれている。
後ろから抱きつかれている。右手の痛みなんて気にならず、ただその感触を享受している。
柔らかい何かが背中に当たっている。いや、冷静にどういう状況だこれは。
訳が分からない。何故俺はアリシアに抱きつかれているんだ。
「ねえ、啓。私のこと好き?」
「当たり前だろ?」
「本気で?」
「本当に」
「本当かぁ......」
当たり前の質問に、当たり前の答えを返す。
背後にいる彼女の顔は見えないが、やっぱり耳は赤いんだろうなと想像できた。
「まだ早いかな」と彼女の小さな呟きが聞こえた気がした。
後ろを振り返ると、彼女は既にいなくて全力で前へと走り出していた。
「は!?」
すっとんきょうな声を俺が上げると、それに反応するようにアリシアは、
「家まで競争」
そんなことを言った。尚、走るその足はまったく止めていない。
くそ速ぇ。なんなんだアイツは。急に走り出したアイツを尻目に俺は溜め息を付く。
本当に、クーデレ系幼馴染みを持つと苦労しかない。
まぁ、でも。
「それも悪くねぇって思う俺は毒されてんだろうなぁ」
そう呟いて。俺は彼女を追いかけ始めた。
結局その晩もカレーだった――――――ッ!!
コメディ要素が強いラブコメを見たくなったので自分で書きました。
やはり自給自足ですね。