第二話 人も走れば義賊に当たる
とりあえず毎週二話投稿したいなーって考えてます。
東洋に似た場所に、と聞いて思い浮かべる光景は何だろうか?
長閑な田園風景?静謐とした竹林?
それとも解放的な漁村?あるいは、長屋の並ぶ都会の風景?もしくは、蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線とネオンに照らされた雑居ビル群という人も居るかもしれない。
どれを思い浮かべたにしろ、俺はそのどれにも当てはまらない場所に立っているのは間違いない。
何故なら、目の前には平野が広がり、背後には森が広がっていて、更にその森の奥にはアルプス山脈のような雄大な山が聳え立っているからだ。
こんなに雄大な山があると頂上じゃなくとも叫びたくなるのは仕方の無い事だろう。
俺は大きく息を吸い込み、山へ向かって思い切り叫ぶ。
「東洋じゃなくて東欧だこれーーー!!」
その俺の叫びは森中に響き渡り、山の頂に暮らす伝説のドラゴンにも届いたという。
まぁ、そんなわけないのだが。
少なくともごく近くの森には響いたらしく、突然ジブリに出て来るような馬鹿デカいイノシシが現れた。
「ははーん?これも、テンプレだな!よし、俺の力を示してやる!」
と意気込んだものの、ふと気付くと俺は全裸だった。
その場に合う服や武器を用意して、と頼んでいないから当然ではあるのだが。
そして、更に最悪な事に戦うためのスキルを得ていない事にも気付いてしまった。
服すら用意されて無いのだから戦闘スキルなんて都合の良いものを全く期待出来るわけもなく、俺は先程の威勢をそのままに反転して全裸のまま駆け出した。
「これは断じて撤退ではない!!転進だ!」
俺は半ば自分にそう言い聞かせながら街道っぽいところをひた走る。
巨体なせいかギリギリ逃げ……付かず離れずを保てているが何かあれば終わる。
そんな状況のまま三十分ほど走り続けていると馬車とそれを囲むように立っている武器を手にした男たちを見つけた。
俺はあらん限りの声を張り上げて助けを求めながら、馬車の方へと向かう。
「めちゃくちゃデカくてヤバい!!!助けてーー!」
人間咄嗟にはロクな言葉が出ないという知りたくない事を知ったが、男たちには伝わったようで即座に戦闘の態勢を取り始める。
それからはあっという間だった。
「伏せろ!」
という男の声が聞こえて咄嗟に倒れ込むように伏せるとガラの悪そうな男たちは色彩豊かな魔法を放ち、弓を射掛け、気付くとしつこく追って来たイノシシっぽい何かは倒されていた。
男たちはイノシシ(仮)の死を確認した後、まとめ役らしき厳つい顔のオッサンが声を掛けて来た。
「坊主大丈夫だったか?」
声も渋い、などと余計な事を考え返事を出来ずに居るとオッサンは心配そうに言葉を重ねた。
「ありゃ、ハンテッドボアの変異種だからな。しつこく追われて大変だったろう?まぁ、もう大丈夫だからな。これでも飲め。」
俺は感謝の言葉を口にしつつ、皮の水袋を受け取って飲む。
獣臭さと生温い水の青臭さに驚いたものの喉の渇きには抗えず、勢いよく飲み干してしまった。
「良い飲みっぷりだ。もう大丈夫そうだな。お兄さんはこれから悪い奴をやっつけなきゃならないから、服はその後でな。」
そう言うと俺の頭を乱暴に撫で、武器を構えて馬車へと向かう。
まさかと、思いながら見ているとオッサンが馬車の扉に手を掛ける前に、メイドや執事らしき人たちに止められながら金髪の可憐なお嬢様が降りて来た。
呆気に取られていると、お嬢様は居丈高に武器を持った男たちに向かって言葉を掛ける。
「卑しき盗賊たちよ!この馬車をレイホーン辺境伯家の馬車と知っての狼藉か!」
あー終わりだ。と思って男たちを見回すとみんな呆気に取られた顔をしていた。
え?なんで?と思っていると水をくれたオッサンが口を開く。
「そんなバカな!この馬車は人売りを生業とするリーチの馬車のはずでは!?」
どうやら人違いだったらしいが、お嬢様は頭に血が上っているのか激昂して言い返す。
「おのれ、妾を言うに事欠いて人売りと申すか!!この……」
しかし言い終わる前に老練な紳士然とした執事らしき人がお嬢様に手刀を打ち込み素早く肩に担いで馬車に叩き込んだ。
一連の動作を見たオッサンは呆気に取られたまま言葉を口にする。
「恐ろしく早い手刀……俺でなきゃ見逃しちまうぜ。」
見えてたけど!?と思いつつも、水を貰った恩を思い出しグッとツッコミを堪えた。
その間にも話は進んでいく。
「アナタ様もなかなかの眼力がある様子。しかしながら此度は、お互いに謀られたようですな。」
「俺たちは信用できるとある方からリーチが人知れずこの道を通るという情報を得てここに来たんだぞ!?」
「それは、メルディス伯爵では?」
「なぜそれを!?」
「我々もレイホーン夫人の兄、クラメル第一王子が危険と聞いたのですよ、メルディス伯爵から。」
「まさか……。」
「ご想像の通り、メルディス伯爵は大事にならぬようお忍びで、安全なこの道を通ると良いとご提案下さいました。アナタ方を利用し、夫人を暗殺しようと考えたのでしょうね。」
「そうか……。聞いたなお前ら!俺たちは謀られた!義賊ゴールドブッシュはこれで終わりだ!」
話を終えるとオッサンは仲間たちに声を掛けて武器を捨てさせ、その場に座り込んだ。
「何をしてらっしゃるのですか?」
「知らぬ事とは言え、貴族に手向かったことは事実。叶うのならばどうか頭領の俺の首だけで勘弁してやってくれ。」
木々が揺れ、鳥たちの羽ばたく音だけが響く。
出会って間もない俺ですら緊張しているのだ、連れ添って来た仲間たちの心境は計り知れない。
あまりにも長く感じる静寂の中、執事らしき人が再び口を開いた。
「アナタ方は護衛を付けず街道の外れを走る私たちを心配し、足を止めさせた。良いですね?」
しばらく考え、執事らしき人の言葉の意味を理解するとゴールドブッシュの男たちは大歓声を上げて頭領の元へ駆け寄る。
「ただし、これからはアナタ方は今後義賊ではなくレイホーン辺境伯の子飼いとなって貰いますよ!」
と、執事らしき人が言ったもののゴールドブッシュの面々は二つ返事で了承した。
お互い命を失っていなかったからこそ、争わず済んだのだろう。
もし、ゴールドブッシュが問答無用で火を射掛けて居たり、あるいは、執事らしき人がゴールドブッシュを問答無用で斬り捨てたりしていたら、悲惨な結末を迎えたのかもしれない。
しかしながらそうはならず、こうして、義賊ゴールドブッシュとレイホーン辺境伯夫人の奇妙な出会いは一番良い結末を迎え、彼らは共に王都へと向かって去って行った。
水袋を持った全裸の俺を一人残して。




