第一話 チェンジリンク
夏休み、出掛ける予定もないので部屋に籠もってダラダラとゲームをしているとヘッドホンごしに激しい衝突音と少し遅れて悲鳴が聞こえた。
ゲーム音かと思い慌ててヘッドホンを外し、耳を澄ますと背後で窓が割れる音がした。
椅子から飛び降りて振り返ると半袖姿の若い男性がほぼ無傷で部屋の中央に倒れていた。
一瞬のうちに様々な疑問が浮かび混乱したまま、何故か俺は光に包まれ意識を失ってしまったのだった。
そして現在、俺は白く荘厳な謁見の間らしき場所で麗しき女神様に土下座されていた。
「つまり、俺が最期に見た男性はトラックに轢かれそうな少女を救う為に身を挺し、その結果少女と入れ替わるように男性がトラックに弾き飛ばされて、俺の部屋の窓を突き破った、と。そういうこと?」
「はい、その通りでございます!」
と、女神は顔を伏せたままで勢いよく応えた。
「それで、たまたまその男性は俺と同じ吉田健太郎って名前で俺と同じ生年月日だった、と。マジで!?」
「何度も確認した為、間違いございません!」
女神は顔を伏せたまま器用にぶんぶんと頷き何かを俺に必死に訴えて来るが、俺はスルーして話を進める。
「その結果、手違いで俺は天に召され、トラックテンプレくんは現世でピンピンしていると?嘘だよね!?」
「間違いなく真実です!」
「真実です、じゃあないんだよ!!どうにかなんないの!?」
「一度天に召されてしまうと私にもどうする事も出来かねますので……。この度は誠に申し訳ございませんでした!」
「えぇー!?神様なんだよね!?現世に帰してよ!?」
「一度天に召されてしまうと我々でも同じ時に戻す事は出来かねますので、何卒ご理解のほどを!」
「マジか……。全然人生やり残した事ばっかりだよ!?」
「そうだ!良い知らせもありますよ!!」
「え!?なになに!?」
「吉田健太郎様は今世で徳を積み切った為、解脱出来ます!」
「ホントに!?やった!輪廻解脱を達成したぞ!」
そして、イェーイ、とハイタッチし合う俺たち。
「って、違う、そうじゃない!!!俺は不手際で死んだせいで現世に未練たらたらなの!!悟り切って魂だけ天に召されたとかじゃないの!!」
そうツッコミを入れると、女神は再びジャンピング土下座をしながら謝罪を始めた。
人間なら膝の皿5枚は割れてるはずだ。
「この度はご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございませんでした!今後、再発防止に努め、鋭意努力する次第であります!」
どんな原理なのか俺の背後から多数のフラッシュが瞬き、何故か女神の土下座している先の床には【フラッシュにご注意下さい】の文字が浮かんでいた。
俺はたっぷり5秒待って口を開く。
「ちょけたよね、いま?」
「ちょけてません!真剣です!」
そう言って顔を上げた女神は先程までカケラも泣いていなかったくせに、酷い泣き顔を作っていた。
俺はもう我慢の限界だった。
怒っているのだから笑ってはいけないと、思ってはいるものの堪らず吹き出してしまった。
笑ってしまうと割とすべてどうでも良い事のように思えて来る。
「まぁ、いいや。どうせいつか死ぬからね。親には悪いけど、痛い思いも怖い思いもせず死ねたなら良い人生だよな、多分。」
「さすが解脱者!」
「望んで解脱してないけどね!?やめて!?まぁ、いいや。それで今後どうなるわけ?」
「まぁ、あの、こちらの不手際でさすがに何も無しというのは申し訳なさ過ぎるので、複数の神で共同管理している世界へご案内しようかと思いまして。」
「へぇ、現世で言われる天国みたいな感じなのかな?」
「いえ、どちらかというと剣と魔法のファンタジーという感じですね。」
「………………いや、死んじゃうよ!?戦闘なんてゲームでしか触れた事ない軟弱な若者には剣と魔法の世界は過酷すぎない!?」
「そこはほら、お約束のアレですよ!」
「アレ?なんかスキルくれたりとか、女神連れて行ったりとか、スライムとか骸骨とか幼女の軍人とかクモになったりとか、ゲームのステータス引き継いだりとか、死に戻りの力を得たりとか、令嬢になったりとか、八男に生まれたりとか、不遇の勇者にされたりとかする、アレ?」
「え?最初の以外は分からないですが、それです!好きなスキルを与えます!」
「好きなスキル!?じゃあ、病気とか毒とか怪我とかとにかくどんなダメージも全て無効にするとかもアリ?」
「今回はこちらの不手際ですので全然アリです!!」
「あ、でも、そんな無敵人間居たらすぐ面倒に巻き込まれちゃうか」
「なんと今なら!!死や怪我の擬装もお手軽な幻術のスキルもお付けします!スキルレベルMAXですので具現化も可能な優れものですよ!」
「んー、買った!!今回の件それで手打ちとする!」
「有り難き幸せーー!では、違和感の無いように健太郎様が生活されていた東洋に風土の似ている場所へ送らせて頂きます!」
ビシッと女神は敬礼し、そそくさと俺を門の方へと送り出す。
ノリと勢いに乗せられて頷いてしまったが、良かったのだろうか。
そんな事を考えながら門を潜ると、またしても俺は光に包まれた。
その最中、女神とは異なりもっと荘厳な老人の怒鳴り声が聞こえた気がしたが俺はホントに大丈夫なのだろうか?




