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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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僕にできること

温かいお茶を飲みながら、僕はベンチに座って持参した本を読んでいた。


 最近、じっくりと読書をする時間をとっていなかった。これはいい機会だと考えた僕は、昨日近くの本屋で数冊の本を買って準備していたのだ。


 本好きな僕としては、読書をしていたら長時間同じ場所にいることは苦ではない。


 外気の冷たさは気になるが、持参したお茶をこまめに摂取することでその問題は一応解決する。明日以降は使い捨てのカイロを持ってきてもいいかもしれない。


 わずかな風にザワザワと揺れる木の葉。その隙間からわずかにこぼれた柔らかな陽光が、僕をそっと照らしている。


 街の喧騒は神社に植えられた木々に遮られて、わずかに聞こえるだけ。


 外界から切り離されたかのようなこの場所で、僕は一人本を読む。


 神主などはいないのだろうか?


 何度かこの場所に訪れているが、カナエ以外の人に出会った事はない。


 しかし、この神社は古い建物ではあるけど、しっかりと手入れがされているようにも見えて、長い間放置されているということでもなさそうだった。


 しばらく本を読んでいると、一筋の風が頬を撫でる。


 ぶるりと身を震わせ、隣に置いた魔法瓶を手に取った。


 随分と魔法瓶が軽くなっていることに気が付く。気が付かないうちに中身を飲み切ってしまったみたいだ。


 本に栞を挟み、カバンに入れる。


 腹も減ってきた。どこかに昼食を食べに行こうかと考えながら、ぼんやりと空を見上げる。


 10月の空は青く、しかし夏のそれと比べると、どこか寂し気に見える。


 雲一つない抜けるような空を見ながら、僕はカナエの事を思った。


 彼女も、このベンチで一人空を見上げていたのだろうか?


 彼女の教えてくれたこの場所で、僕はカナエと同じように空を見上げている。


 聡明な光を帯びた瞳。空を見上げる形の良いアーモンド形の目が、リアルに想像できる。


 この特別な場所で、僕の意識は彼女と同化していく。


 カナエの話してくれた孤独と、そして娘を想えば想うほどすれ違ってしまうと嘆いていた遠山加奈子のことを考える。





 書かなくては。





 僕はそう思った。


 僕は物書きだ。誰が何と言おうと、僕は物書きなのだ。


 ならば書くべきだ。


 彼女の事を、

 彼女たちの事を。










 それだけが、僕にできること。




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