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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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遠山加奈子

 駅前の洒落た個人経営の喫茶店。チェーン店が好きな僕には縁の無いその場所で、遠山加奈子は待っていた。


 あの日、あの公園で出会ったときと同じように、キッチリとしたビジネススーツに身を包み、長い髪を後ろでまとめている。


 彼女は、店に入ってきた僕を視界に捉えると、軽く手を挙げて自分の存在をアピールした。


 僕が遠山加奈子と対面の席に座ると、初老の店主がお冷やの入ったコップとメニュー表を差し出してくる。僕は軽く会釈をして、手書きのメニュー表を広げた。


 初めて入る喫茶店。何がうまいのかわかるはずもなく、適当にブレンドのコーヒーを注文する。


 初老の店主にコーヒーを頼んだあと、対面に座る遠山加奈子に向き直った。


 彼女は靜かに手元の紅茶を一口飲むと、僕をじっと見つめ、軽く頭を下げた。


「まずは謝ります。相沢さん。先日、初対面で私は随分と失礼なことをしてしまいました」


 驚いた。


 まさか、先日のことを謝られるとはおもっていなかったので、心の準備ができていなかった。


「いえ、僕に子どもはいませんが、もし自分の子供が知らない大人と一緒にいたらと思うと、不安になる気持は理解できますから……」


「そう言っていただけると助かります。……カナエが……あの子が家出してから、あの子の日記を読んだんです。いくら親子とはいえ、それが褒められた行為では無いことはわかっているのですが……それでも、その日記にあの子がいる場所のヒントでもないかと思いまして」


 遠山加奈子は、カナエの日記を読んだことを悔いているようだった。


 ひどく真面目で、公平なものの見方をする人物だ。


 自分の子供に対して、僕はこんなにも誠実に対することができるだろうか?


「日記には、アナタの事が書いてありました。……相沢さん。アナタとの時間は、あの子にとってとても心安らぐ時間だったようです」


「……そうですか……いえ、僕の方こそ、カナエさんには随分と助けられました」


 僕の言葉に、遠山加奈子はクスリと小さく笑った。笑うと随分と印象が違うものだと、そんなことを僕は思ったのだった。


「アナタとカナエは……なんというか、良い関係を築いているようですね」


「ええ、友人だと思っています。いささか、年は離れているのですけど」


「そうですね……年の離れた友人というものは難儀なものです。特に今回の場合だと、カナエが幼いばかりに、先日のように誤解を招いてしまう」


 遠山加奈子は、何かを考えるように少し遠い目をした後、手元の紅茶を飲んで僕に向き直った。


「本題に入ります。三日前からカナエが家に帰ってきていません。相沢さん、アナタにこころあたりはありますか?」


 真剣な表情の遠山加奈子に、僕はゆっくりと首を横に振った。


「すいません……LINEでもお伝えした通り、僕は彼女の場所を知らないのです。警察には、もう連絡をされましたか?」


「はい……しかし、まだ手がかりは無いようで、正直私もどうしたらよいのか困惑しております」


「お気持ちお察しいたします。もちろん、僕もお手伝いいたします……彼女の友人として」


 カナエは友人だ。


 彼女のためなら、僕はいくらでも時間を使おう。


「ありがとうございます。相沢さん。……私は、駄目な母親ですね。カナエを大切にしようと思うほどに、いつも空回ってしまう」


「すれ違いなんて誰にでもあることです。これから一歩ずつ歩み寄っていけばいいんですよ。きっとできます。親子なんだから」


「ありがとうございます相沢さん。そう言っていただけると、少し救われます」


 僕は右手を彼女に差し出した。


「一緒に頑張りましょう。きっとすぐ見つかりますよ」


「ええ……なんだか、不思議な気持です。つい先日まで、アナタの事を敵だと思っていましたから」


 そう言って、遠山加奈子は僕の手を握り返した。





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