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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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古びたアパート

 部屋に入ると、まず目に入ったのは書きかけの原稿が乗った小さなちゃぶ台。


 花沢が愛用しているもので、執筆の時も食事の時も、彼女はこのちゃぶ台を使っている。


 花沢はちゃぶ台の上に乗った原稿用紙を雑にどけると、スペースを確保して冷蔵庫から取り出した麦茶の2リットルペットボトルを置いた。食器棚から水垢のついたコップを2つ取り出し、なみなみと麦茶を注ぐと、その1つを僕に差し出した。


 僕はコップを受け取ると、小さな声で「ありがとう」と呟いて中身を一気に飲み干す。


 麦茶はよく冷えていてうまかった。


 一方花沢は、コップの麦茶を少しずつチビチビと飲みながら座った。


 僕らは小さなちゃぶ台を間に挟んで向き合っている。


 花沢はゆっくりとコップの半分ほど麦茶を飲んで、ちゃぶ台にコップを置いた。少し迷ったような様子を見せてから、小さな声で話し出す。


「聞いてあげるから、話してみて。アンタのこと……」


「……気持ちはありがたいけど、僕の話を聞いたって、別段おもしろいことなんて無いよ。そんなことでお前の時間を割きたくは無い。小説を書いていた方が有意義だと思うけど……」


 と、僕はわきにどけられた原稿用紙の束に視線を向ける。


 きっとあの原稿用紙には、彼女の新しい作品が綴られている。


 その物語は多くの人に読まれ、多くの人を救うだろう。


 花沢が、僕のために時間を割く必要なんて無いのだ。


 しかし、花沢は何かが気にくわなかったようで、思い切り顔をしかめると立ち上がり、床にどけられていた原稿用紙の束を手に取った。


 そして、突然手にした原稿用紙をグシャグシャにするとゴミ箱に放り込んだではないか。


 僕は驚愕して立ち上がる。


「お前!? 何してんだ!?」


 彼女の書いた小説は、そんな風に扱っていい代物じゃない。それが例え書いた本人だったとしても、許されないことだ。


 憤慨する僕に、花沢は指を突き付けた。


「小説なんてどうでもいい……今私はアンタの話を聞きたいの」


 あの花沢が、そんな言葉をいうなんて思いもよらなかった。


「小説なんて? 今お前……小説なんてどうでもいいって言ったか?」


「はぁ、アンタは私を何だと思ってるの?」


「いや……何って」


 花沢は、大きくため息をつくと僕に座るように指示し自身も座った。


 呆れたような表情で僕を見て、話しだす。





「アンタの考えている花沢式という作家は、アンタの頭の中にしかいない。私だって他人を気にかけたりするし、執筆以外の事に興味もある。天才なんかじゃない、ただ生きるのが不器用なだけな女の子なんだ」


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