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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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掃除

 小説なんて書かなくても生きていける。


 当たり前のことだ。


 大半の人間は、そもそも小説なんて書いたこともないだろう。


 でも、僕はその当たり前の事実を田村の口から聞いて、目から鱗が落ちる思いだった。


 それほどまでに、僕にとって小説を書くということが当たり前になっていたという事実に驚く。


 ステーキ屋での田村の言葉について考えながら、僕は帰路についた。


 部屋につくと、僕は初めて自分の部屋が酷く散らかっていることに気が付く。


 しばらく無心で小説を書いていて、部屋が散らかっていることに気が付かなかったのだ。


 面倒だが、一度気が付いてしまった以上、そのままにしておくことはできなかった。


 うまい飯を食べて、気力が復活したのかもしれない。僕は部屋の窓を開けて光と外気を室内に呼び込み、部屋の片づけを始めた。


 ごみを捨て、脱ぎ散らかした服を洗濯機に放り込み、天気が良かったのでついでにベッドのシーツも剥がして一緒に洗濯機に放り込む。


 床に掃除機をかけると、部屋は見違えるほどきれいになった。


 部屋がきれいになると、不思議なことに気持ちも前向きになってくる。


 久しぶりにコーヒーメーカーのスイッチを押し、コーヒーが出来上がるのを待つ間、僕は作業机に備え付けてある椅子に腰かけた。


 机の上には、書きかけの原稿用紙と電源の切れたスマートフォン。


 ふと思い立った僕は、煩わしくて電源を切っていたスマホを取り出し、電源をONにした。


 思っていたよりも来ていた連絡は少なく、会社からの通知メールが一通と、LINEで田村から体調を気遣うメッセージが一件。


 そして、僕は花沢からもメッセージが来ていることに気が付いた。


 珍しいこともあるものだ。


 普段は、僕から花沢に連絡をする。付き合いは長いが、その逆は初めての経験だった。


 メッセージは一言




”都合が良い時に、家に来て。急がなくていいから”




 とだけ、簡素な内容が送られている。


 花沢のメッセージはいつも言葉が足りない。物語を綴る時は、あんなにも饒舌になるというのに……。


 コーヒーの良い香りが漂ってきた。


 とりあえず、コーヒーを飲もう。


 そう決めた僕は立ち上がり、お気に入りのマグカップをもってコーヒーメーカーの元へ向かった。


 なにはともあれ、僕には安物のコーヒーを楽しむ時間が必要不可欠だったのだ。



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