才
「いやあ、俺も大学の時からの付き合いだけど、やっぱ姫さんは厳しいねぇ。担当替えだっつて挨拶に行ったら、ものすごい目つきで睨まれちまったよ」
少し、意外だった。
確かに担当替えを良く思わない作家は多い。しかし、花沢は担当なんて気にしていない、どうでもいいのだろうと勝手に思っていた。
こんな凡人の僕でも、少しはあいつの役に立てていたのだろうか?
そんな事を考えていると、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、田村がつぶやいた。
「……全く。花沢やお前みたいな奴らを相手にしていると、自分が凡人だと思い知らされるよ」
僕はキョトンと田村の顔を見つめる。
花沢に対してその感想が出てくるのはわかる。しかし、今彼は花沢と僕を同列に扱った。
意味が分からない。
田村は何か勘違いをしているのではないだろうか(もしくは言い間違えだろう)。
「不思議そうな顔してんな。まあ、無理もない。お前は花沢の小説に打ちのめされて、10年も小説が書けなくなってたんだからな」
同じ大学の文芸サークルで、僕は小説が書けなくなってしまった事を田村に相談したことがあった気がする。
あの時、田村はなんて言っていたっけ……。
「作品が評価されるかどうかなんて時の運だ……、もちろん素晴らしい小説は存在するし、素晴らしい小説が思いのままに書ける小説家もいるだろう。しかし、素晴らしい作品が必ず評価されるわけじゃないし、素晴らしい作家が必ず報われる保証なんて無い……お前もわかっているだろう?」
仮にも編集者として働いてきた身だ。田村の言っていることはよく理解できる。
「……小説なんて、書かなくても生きていける」
ぽつりとそう言った田村は、空っぽのコップにピッチャーから水を注いだ。
並々と注がれた冷たい水を一気に飲み干すと、再び語りだす。
「小説なんて、書かなくても生きていける。例えば小説以外に才能の無い奴が、小説を書かなかったとして……他のことはたいして出来ないだろうが、それでも死ぬことはねえ。適当な仕事を見つけて、適当に働いて、適当な相手と結婚するか……まあ、結婚はしないにしても、裕福ではないにしても、それなりに生きていけるだろう?」
「ええ」
「お前は10年間小説が書けなかったが、俺だって10年以上小説を書いちゃいねえ。だけど多分、お前よりも気楽に、のうのうと生きている」
「何が、いいたいんですか?」
話が見えてこなかった。彼の伝えたいことがよくわからない。
「わからねえか、じゃあ簡単に言ってやるよ」
そう言って田村は一呼吸置き、その答えを口にした。
「お前や花沢は、俺たち凡人と違って”小説を書かない”ことに対して罪悪感を感じている。正直、とんでもねえと思うぜ。とてもじゃないけど、俺には真似できねえ。俺は小説を書かなくても罪悪感なんて感じねえ。なぜなら、”小説なんて書かなくても生きていける”からな」
ポカンと呆気に取られている僕の肩を軽くたたき、田村は伝票を取って立ち上がった。
「今日は連れ出して悪かったな。早く元気になれよ」
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