ステーキ
田村に連れられてやってきたのは、チェーン店のステーキ屋だった(名前は知っているが、僕は一度も利用したことがない店だ)。
店内に入ると、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
本能を刺激するようなその匂いに、僕の胃袋が空腹を訴えて大きく鳴った。
田村が予約をしていたのか、僕たちはスムーズにテーブルに案内される。
机に用意されていた紙エプロンを身に着けながら、僕はちらりと田村の顔を見た。
彼は涼し気な顔をしてメニュー表を眺めている。
「やっぱり俺は赤身だな。脂身なんて喜ぶのはガキぐらいのもんだよ……相沢はどうする?」
「……何か僕に話しでもあるんですか? 正直、いきなり食事に連れてこられて困惑しています」
「おいおい、無粋なやつだな。せっかくステーキ食いにきてるんだ。小難しい話は肉を食ってからにしようぜ? 高いステーキを頼めよ、今日は給料日だ。遠慮すんな」
納得はしなかったが、腹がすいているのも事実だった。
特にこだわりは無かったので、僕も田村と同じ肉を注文する。店員曰く、ライスかパンかを選べるとのことだったので、僕はパンを、田村はライスを注文した。
注文した品を待っている間、田村は鼻歌なんて歌いながらスマホをいじっている。急な外出だったため、僕は財布と家の鍵しかもっておらず、手持ち無沙汰になった僕はボーっと田村の姿を眺めた。
長い付き合いだが、こうしてじっくりと彼の顔を見たことは無い。
面長な顔、少しこけた頬。短く刈り上げられた黒髪。今日は休日なのか、ラフな洋服を身に着けている(しばらく時間を気にしていなかったので、今日が何曜日なのかなどわからなかった)。
僕の視線に気が付いたのか、田村はスマホから視線を上げ、ポリポリと頬を掻いた。
「そんな怖い顔すんなって、いきなり家に押し掛けたのは悪かったと思ってるからよ」
別に怖い顔をしていたつもりは無いのだが、彼には僕の顔が怒っているように見えたのだろう。少しばつの悪そうな顔をしながら、会話を始めた。
「……体調はどうだ? 少しはよくなったか?」
「……どうなんでしょうね。よくなったかどうかも、今の僕にはよくわからないです」
「まあそうだろうな。俺は鬱になったことなんて無いから、お前の今の状況が正確にわかる訳じゃねえよ。でもな、心配くらいさせてくれや、一応俺はお前の先輩のつもりなんだからよ」
不器用な言葉だった。
そして、優しい言葉だった。
気が付くと、僕の頬はあたたかな涙で濡れている。
はらはらと流れ続ける涙を止めることもせずに、無音で泣き続ける僕を、田村はそっと見ないふりをしてくれた。




