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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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訪問者

「しっかし、LINEの返事くらいしろよな? 心配になって来ちまったじゃねえか」


 少し照れくさそうに、ボリボリと頭の後ろを搔いている田村。


 時計を見ていなかったので、どれくらいの時間部屋に引きこもっていたのかわからないが、しばらく人と喋っていなかったせいか、彼に対して何を言っていいのかわからなかった。


 田村はそんな僕にはお構いなしに「邪魔するぜ」とズカズカと部屋に入りこんでくる。


 どっかりと椅子に腰を下ろした田村は、机の上に乗っている書きかけの原稿用紙を見て、ニヤリと口角を吊り上げた。


「なるほどな、家に引きこもって小説を書いていた訳か……お前らしいな」


 何が僕らしいのか、そもそも目の前で踏ん反りがえっている男が自分の何を知っているというのかとか、言いたいことはたくさんあるが、僕は一番気になっていることを口にした。


「……先輩。何の用ですか?」


 そう、田村はなぜここに来たのかも告げずにズカズカと部屋に入り込んできたのである。大学生の頃からの付き合いとはいえ、僕は仮にも病気なのだから、少しは遠慮してほしい。


「とりあえずお前はシャワー浴びて髭を剃れ。そんでもってパリッとした新しい服に着替えな。そんな世捨て人みてぇな恰好じゃあ気分も滅入るってもんだ。俺の事は気にすんな、適当にくつろいどくからよ」


 他人に勝手に入ってきておいて随分な言いようである。


 いろいろと反論してやりたい気持ちもあるにはあったが、田村を論破できるイメージが浮かばなかった僕は、小さくため息をついて風呂場へ向かった。


 僕は昔から、彼に口論で勝ったことが無いのだ。










 田村に言われるがままに久しぶりにシャワーを浴びた。


 汚れをたっぷりのお湯で流したのち、鏡の前に立ち髭を丁寧に剃る。ついでに時間をかけて歯を磨いた。


 たったそれだけのことだが、幾分か気分はスッキリとしたようだった。


 箪笥から取り出したTシャツとジーンズに着替えると、勝手に僕のベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた田村が立ちあがった。


「よし、準備できたな。じゃあ行こうか」


「行くって……どこにです?」


 そもそも、僕は彼が部屋に来た理由すら教えられていない。


 田村は、何でもないことのように返答した。


「どこにって、飯だよ飯。さっき冷蔵庫見たけど、お前ろくなもん食ってねえだろ? おごってやるから行こうぜ」


 そう言って返事も聞かずに部屋を出る田村。僕は慌てて財布をポケットに押し込み、彼を追いかけるのだった。

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