困惑
暴力的な目覚まし時計の音で眼を覚ます。
いつ寝たのか覚えていないが、目覚めは最悪と言わざるを得なかった。
目覚まし時計を止め、枕元に置いていたスマホを手に取る。昨日……靜香からのメッセージを受け取った後、その理由を聞きたいとメッセージを送り返したのだが、まだ返信は無かった。
既読すらつかない自らのメッセージを眺め、ため息をつく。
全く、こんな最低な気分の時にも会社には行かないとならないとは……。社会とは本当に馬鹿げている。
いつものようにコーヒーメーカーに手を伸ばしかけ、止める。コーヒーなんて飲む気分では無かったのだ。
代わりに、棚の奥から普段は飲まないブランデーの瓶を取り出すと、マグカップに並々と注ぎ、一気に飲み干した。
出社前に飲酒なんて、良くない事は分かっている。
それでも飲まずにはいられなかった。
社会の常識なんて糞喰らえだと、すさんだ気分で二杯目のブランデーをマグカップに注いだ。
電車に揺られながら、ボウッと窓の外を眺める。
会社を休む事も考えたが、あのまま家にいると余計な事を考えてしまいそうで怖かった。
それでも、馬鹿真面目に事務所に向かう気にはなれず、田村にLINEで一言連絡し、僕はそのまま花沢の家に向かう事にした。
ちょうど今日は彼女の原稿を受け取る日だったのだ。
仕事用のノートPCは持ち歩いている。わざわざ事務所を経由して花沢の家に向かうのも非効率的だろう。
朝に飲んだブランデーが効いているのか、気分はわずかにマシになった。しかし、少し酒が臭うのか、隣に座っていたOL風の女性が、顔をしかめていた。
申し訳ないとは思う。
出勤ラッシュのこの時間に、隣に座っている男から酒の臭いがしたら、僕だって顔をしかめるだろう。
電車に揺られながら、今から原稿を受け取りに向かうと花沢にLINEでメッセージを送る。彼女からはそっけなく「わかった」と一言返事があった。
少なくとも、花沢はすぐに返信を返してくれたことに僕は少しだけ安堵するのだった。
ボロボロのアパート。
花沢の住んでいる部屋のドアを軽くノックする。家主が出てくるまでのわずかな間、ちらりと空を見上げた。
澄んだ青い空。今日は快晴だ。
夜空に星は見えないのに、昼の空はどこまでも透き通っていた。
少し錆びたドアが押し開けられ、中から家主が顔を出した。手入れのされていないボサボサの黒髪は伸ばし放題で、目の下にはクッキリと色の濃い隈が浮かんでいる女。
花沢は、その大きな三白眼をギョロリと動かすと、僕の顔を見て顔をしかめた。
「……酒臭い。何? アンタこんな朝っぱらから飲酒してるの?」
ごもっともな意見だった。
僕は肩をすくめてそれを肯定する。
「ええ、まあ」
「……どうかした? 真面目なアンタらしくない」
「そうですかね……まあ、色々ありまして」
「ふぅん?」
訝しげな顔をしながら、それでも花沢は僕を家に入れてくれた。
彼女は、僕の ”色々” について何も聞かなかった。
その優しさが、とてもありがたい。




