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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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メッセージ

 家に帰った僕は、持っていた鞄を適当に放り投げ、ベッドの上にダイブした。


 今日は本当に長く、濃厚な一日だった。


 人生は思い通りにはいかないもので、こちらの体調なんて関係無しに、重要なイベントが次から次へとやってくる。


 僕はただ、その流れに押し流されないように眼をつぶり、足を踏ん張って耐えることしかできない。


 柔らかなベッドの感触が、夜風で冷えた体を優しく包み込む。ベッドの上で脱力しながら、僕はカナエの事を想った。


 小学生の女児にしては大人びた表情。薄い桜色の唇から語られた彼女の身の上話。


 カナエは、僕に助けを求めていたのだろうか?


 あの時僕は、彼女の言葉に賛同すべきだったのじゃなかろうか?


 僕の脳内に、いくつもの「もし」がグルグルと駆け巡る。


 頭の中心が鈍い痛みを訴えかける。一旦思考を止め、大きなため息をついた僕はベッドからゆっくりと起き上がった。


 のろのろと冷蔵庫に向かい、中からよく冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。


 チラリと横目でコーヒーメーカーを見た。


 熱いコーヒーが飲みたい。しかし、ただでさえ寝不足で体調が良くないのに、この時間からカフェインを摂取するのは、明らかな悪手といえるだろう。


 コーヒーの誘惑を断ち切るように、僕は手元のミネラルウォーターを一気に飲み干した。


 喉は潤ったが、気分は晴れない。風にでも当たろうかと窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。


 何気なく夜空を見上げるが、やはり星の明かりはチラホラと散らばっているばかり……。


 ふと思い立った僕は、適当に放り投げていた鞄を拾い上げ、中から一冊の本を取り出した。


 何度も、何度も読み返したであろうボロボロの文庫本は、カナエから貰った『銀河鉄道の夜』だ。


 本を片手に、僕は再びベッドに移動する。ゴロリと仰向けに寝転がり、ボロボロの文庫本を開いて、何とは無しに本を読み始めた。






  「けれどもほんたうのさいはひは一体なんだらう。」ジョバンニが云ひました。

  「僕わからない。」カンパネルラがほんやり云ひました。





 

『銀河鉄道の夜』において、メインのテーマであろう「ほんたうのさいはひ」。しかし、このテーマに対する答えは、「僕わからない。」だ。


 今まで何となく読み流していたが、おかしな話だった。


 しかし、考えてみたら普通のことかもしれない。


 人生において、答えのある問題の方が珍しいのだから。


 「問い続けること」そして、「ほんたうのさいはひ」を求め続けることそのものが宮沢賢治がたどり着いた「答え」そのものなのだろう。


 ぼんやりと読書をしていると、ポケットに突っ込んでいたスマホのバイブレーションがブルブルと震えた。


 眉をひそめながらスマホの画面を見ると、どうやら靜香からLINEのメッセージが来たようだ。


 デートの誘いだろうか?


 スマホのアプリを立ち上げ、内容を確認する。そこには、シンプルな一文が僕に送られていた。





『別れましょう。きっとソレがお互いにとって良いと思うから』






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