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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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柔らかな日差しの下

「やぁ、おじゃましてるよ」


 僕が何気なく片手を上げて彼女に答えると、カナエはクスリと上品に笑った。


「おじゃましてるって……別にここは私の家じゃないわ」


「そりゃあそうか。失敬」


「やっぱりアイザワさんはおもしろいわね。隣、座ってもいい?」


「どうぞ、もちろん」


 カナエはそう言ってちょこんと僕の隣に腰掛けた。前回から学んだのか、今日は可愛らしい水色の水筒を持参している。


 ベンチに腰掛けたカナエは、背負っていたリュックサックから慣れた手つきで本を取り出した。


 やはりというか、その本は前にも読んでいたボロボロの『銀河鉄道の夜』。


 名作ではあるが、ボリュームのある作品という訳でもない。普段から読書をしている僕の感覚で考えると、本を読むスピードが遅いような気がする。しかし、読書のスピードなんて人それぞれ、次々に色々な本を読む僕のようなタイプもいれば、一冊の本をじっくりと時間を掛けて読む読書家もいるだろう。


「その本、前も読んでたよね?」


 僕の問いに、カナエは頷く。


「ええ、そうね」


「お気に入りの本?」


「そうともいえるし、そうでないともいえる」


「つまり?」


「本をこれしか持っていないの。この本は好きよ? でも選択肢が無い以上、それはお気に入りの一冊と言えるかしら?」


「むずかしい問題だね? 僕はその答えを持っていない……他の本をお母さんは買ってくれないの?」


「そうよ。私はあまり良い子じゃないから」


 良い子じゃない。


 その言葉に、今は平日の昼間であることを思い出す。


 普通の小学生なら、学校に行っているような時間帯だ。


「学校……言ってないの?」


 尋ねてから、失言だったと後悔する。


 学校に行っていないというなら、それはとてもデリケートな問題の筈だ。彼女の事をよく知りもしない、僕のような人間が気軽に尋ねて良い事ではない。


 しかし、僕の心配をよそに、カナエは事もなにげに答えた。


「ええ、だってつまらないもの」


「つまらない?」


「そうよ? 小学生がそんな事言うもんじゃないって、お母さんには怒られるけどね……アイザワさんは、小学生の頃、学校はつまらなくなかった?」


「どうだろう。僕はそんなに頭が良くなかったからな……つまらないとか、つまらなくないとか、そういうことを考えた事すら無かったよ」


「……そう。それは素敵な事ね」


 一見皮肉にも聞こえる台詞だが、彼女の表情を見ていると、別に皮肉で言っている訳では無さそうだった。きっと彼女は、心の底からそう思っているのだろう。


「こんなつまらない話はやめましょう。アイザワさんは、ここで何してるの?」


「何もしてないよ。ただボーッと座ってた」


 そう、何もしていない。


 何をするでもなく、僕はただこの場所にいた。


「素敵な時間の過ごし方ね」


 彼女がそう言ってくれて、本当に良かったと思う。


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