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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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柔らかな日差しの下



 気がつくと、僕はカナエと供に過ごした神社に来ていた。


 ギラギラと照りつけるパワーのある夏の日差しを、神社に植えられた大きな樹木の枝が遮って日陰が作られている。


 神社の中は外の空間よりも、幾分か涼しいように感じられる。


 生ぬるい風が通り抜けた。


 木の葉が風に揺れて、ザワザワと音を立てている。


 少し離れた所には道路があり、今も車が忙しく走り回っている筈なのに、不思議なことに神社の中は静寂に包まれていた。


 木陰に設置されたボロボロのベンチに腰をかける。


 枝葉の間から除く空を見上げると、嘘みたいに鮮やかな青色が見える。


 そういえば、夏の空というのはああいう風な色をしていた。大人になってから、しばらく忘れていたけれど。


 思えば、子供の頃と比べて、僕は色んなモノが見えなくなったように感じる。


 空の色だとか、虫の声だとか、夏の暑さだとか。


 世界の全ては何か不透明な壁に遮られたかのようにシャットアウトされ、仕事という小さな箱の中に押し込められている。


 きっとそれが大人になるという事なのだろう。


 耳を澄ませば、思い出したかのように蝉の鳴き声が聞こえる。風に吹かれて揺れる木の葉の音や、遠くから微かに聞こえる街の喧騒まで……。


 世界は主観でできている。


 見ると決めたモノしか見えず、聞くと決めた音しか聞こえない。


 ならば、やると決めた事が出来なくてはおかしいんじゃないかと、僕の中の何かが叫んでいる。


 いつまでたっても言い訳ばかりで、本当にやりたいことから逃げ続けている僕を批判する。


 昨日の靜香の言葉をふと思い出した。


 僕は凡人で、花沢は天才。


 そこには超えられない壁があり、そんな事はみんなわかっている。


 靜香は僕よりもずっと大人だった。


 年齢の事じゃ無く、醜く足掻いている僕よりも正しく大人になっているという意味なのだが(実際、彼女の年齢は僕より少し上ではあるのだが、それを言及すると怒られてしまう。女性の年について話すほど、僕は愚者ではない)。


 現実を見ると、きっと楽なのだろう。


 僕には小説家としての才能が無く、ただ社会人として普通に生きていけるだけの能力は持っている。


 その、”普通に生きる” 事すら難しい人がたくさんいる中で、僕は恵まれているといってもいい。


 その事実を認めれば良い。


 自分は恵まれているのだと、やりたいことと出来ることは違うのだと。


 今まで何度も自分に言い聞かせてきた。


 でも諦めきれなかった。


 僕はどうしようもなく、小説家というものに強く惹かれていたのだから。


「あぁ、来てたんだ。アイザワさん」


 ボーッと空を眺めていると、聞き覚えのある子供の声。視線を下げるとそこには涼しげな格好をしたカナエの姿があった。


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