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咬爪症の女  作者: 武田コウ
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空の人間


 僕は空の人間だ。


 表面ばかり取り繕い、メッキで塗り固めてきた。


 つややかで硬質な表面を叩けば、カーンと気持の良い音が鳴るだろう。その中身は、空っぽなのだから。


 図書館から帰った僕は、借りてきた何冊かの本を作業机の上に置き、冷蔵庫に向かった。


 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、汗で濡れて不快だった上着を適当に脱ぎ捨てる。


 半裸になった僕は、ペットボトルの蓋を開けて、中身を一気に飲み干した。空のペットボトルをゴミ箱に捨て、もう一本ペットボトルを冷蔵庫から取り出す。



”ほんとうのさいわいとは何だろう?”



 銀河鉄道の夜で、主人公のジョバンニは、そうカムパネルラに問いかける。


 僕たちは皆、幸せになるために生活をしている筈だ。不幸になりたい奴なんている筈がない。


 ならば、幸せとは何か?


 問いかけられたカムパネルラは、答えを出すことができなかった。


 そもそも、答えなんて無いのかもしれない。



”ほんとうのさいわいとは何だろう?”



 自分に問いかける。


 今の僕は幸せだろうか?


 職があり、

 彼女がいて、

 持ち家や車は無いが、貯金もそこそこある。


 一般的には幸福と言ってもいいだろう?


 ならば今のこの何かが欠けているような、不快な感覚は何だ?


 わかっている。


 僕はもうその答えを知っている。


 作業机の上に置いてある、ノートPCの電源をつけた。起動を待つ間、暑苦しくなった僕はエアコンのスイッチをつける。少し古びたエアコンが、鈍い音を立てて動き出した。


 椅子に座り、ミネラルウォーターのペットボトルを側に置く。文書作成ソフトを起動してそっと両手をキーボードの上に置いた。


 真っ白なPCの画面を見て制止する。


 1秒

 2秒

 3秒…………。


 何も完璧な文章を書く必要は無いのだ。リハビリのつもりで、適当な二番煎じの物語を書いてしまえば良い。


 一歩を踏み出すことが大切。何でもいいから最初の一行を書いてしまう……簡単な事だ。そう……思っていた。


 大きく息を吐き出す。


 僕は無言でノートPCをシャットダウンした。


 自分の肝の小ささに嫌気が差す。側に置いたペットボトルの蓋を開け、水をがぶ飲みしたのだった。


 考えてみれば当たり前の事。空っぽの人間に紡げる物語などあろう筈も無い。


 やるせない気分で僕は図書館から借りてきた本を手に取ると、ベッドの上にだらりと寝転がった。


 それは宮沢賢治についてまとめられた書籍。


 僕は意味も無く、何となく、その書籍の頁を捲る。


 まるで贖罪のように、空っぽな脳内に知識を詰め込んでいく。


 ただ、それだけの事。



”ほんとうのさいわいとは何だろう?”



 答えの無い問いを、僕はただ繰り返した。




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