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咬爪症の女  作者: 武田コウ
19/81

消えたブルカニロ博士


 宮沢賢治は不遇の作家である。


 偉大な芸術家たちがかつてそうであったように、彼が1933年に38歳の障害を閉じるまでに出版された作品は、ほとんど世に知られる事が無かった。


 生前に出版された作品は、童話集『注文の多い料理店』と詩集の『春と修羅』だけである。


 彼の死後、書き残した多数の童話と詩などが編集され出版されるとともに、作品世界の豊かさと深さが広く認められるようになったのだ。





 深夜、素直に眠る気分でもなかった僕は、宮沢賢治と『銀河鉄道の夜』について調べていた。


 別にこんな事を調べても、自分の小説が書けるようになるわけではないだろう。


 わかっている。


 だからこれは、眠れない夜の単なる暇つぶしである。


 作品が評価されないという事は、悲しい事だと思う。


 自分の創作物が全く評価されず、それでも関係無しに創作を続ける事のできる人間はほんの一握りだ。


 そも、創作者とは、ほとんどが自己顕示欲の化身だ。そして、それで良いと思う。


 自分を理解して欲しくて、認めて欲しくて、自分の内にある何かを誰かに見せつけたくて、創作という手段を取る。


 誰にも理解されず、評価もされず。それでも淡々と創作を続けられる人間は、本物の天才だろう。


 僕はボロボロの爪を想う。


 僕に才能なんてなかった。


 社会で生きていくのに、才能なんて不要だという人もいる。


 天才である花沢を見ていると、才能とは、自分の全てを何かに捧げられる事なのではないかと感じる。


 常識だとか、協調性だとか、コミュニケーション能力だとか、そんな人として当たり前に使う能力の一切を捨てて、彼女は文章を書くという一点に自分の全てを注ぎ込んでいる。


 凡人である僕にとって、彼女の存在という者はただ異質で……。


 ふと僕は靜香の言葉を思い出した。


 『ブルカニロ博士』


 聞き覚えの無いキャラクター。彼女曰く、”導くもの” 。


 話の流れから、銀河鉄道の夜に登場するキャラクターだとは思う。しかし、そんなキャラクターが物語で登場した覚えが無い。


 わからないのなら調べれば良い。


 インターネットというものは便利なもので、僕のような凡人でも簡単に知識の泉から知恵を得ることができるのだ。

 

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