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夢と物語と泥棒と不幸  作者: こころも りょうち
5.夢と物語の結末
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5.夢の結末①

 夢であっても、人を殺すものではない。

 殺されるのは私であるはずだったのに、ニシキ君は私を殺してはくれなかった。


 全ては予定通りだった。もう一つの想像は着々と育っていた。ニシキ君に殺されるために彼の彼女を夢から消したのに、彼は怒りを持って弾丸を放ってはくれなかった。

 いい拳銃だって彼に持たせてやったのに、彼はその拳銃の引き金を引くことさえしなかった。

 育ったボスの心はニシキ君に苛立ちを感じた。そして私は銃の引き金を引いた。高性能な小型の拳銃から発した弾は確実に彼を死に追いやる急所に当たっているだろう。


 優しさは、時として、生きることの邪魔をする。

 生きるか死ぬか(かか)っているなら、我をも忘れて生きるための行動を取らなくては生きられない。


 ニシキ君はいつからか私の描いた想像の存在となっていた。

 最初は夢の登場人物だった。だけどいつからか、私は彼を物語の主人公としていた。

 彼女との幸せな出会いも、私の想像にしか過ぎない。彼の物語は私が育てたものだった。

 だからこの夢が思い通りにいかなくなったとき、彼の物語も崩壊へと向かったのだ。沙希を殺したのは私だ。私がそう描いたのだ。

 ニシキ君は私を殺すべきだった。物語で育てた男だ。私を殺すためにやってきたはずだったのに、夢はそれさえも思い通りになってはくれない。


 辺りはとても静かだ。さっきまでの騒ぎが嘘のように、もしくは、世界は滅んでしまったかのように静かだ。

 私はビルの屋上に来ていた。

 天を見上げると僅かに星が見える。嫌な夢が終るときはやってこない。

 夢の中で眠りたい。夢の中で現実に消えたい。


 内ポケットに仕舞われた小型パソコンがカタカタ動いている。私はそいつの存在を思い出し、ジャケットの外に取り出す。

 画面を開くと、そこには『COMPLETE』という表示が浮かんでいる。どうやら全てが終わったらしい。国中の銀行は襲われた。成功したかどうかはわからない。

 実行された事実だけがここには浮かんでいる。

 数秒後、パソコンから声がしてきた。

「ボス、全て失敗に終りました。貴方の負けです。逃げる手立てはありません。もうすぐ貴方も終ります」

 右の男の声だった。何もかもがボロボロのようだ。自分の夢を支配する力さえない。

『さ・よ・な・ら』

 誰が打ったかわからないが、パソコンの画面にその4文字がゆっくりと浮かんだ。きっと左の男だろう。

 彼はこの夢の中でこの先どう生きてゆくのだろう。彼ならどこかでどうにか生きてゆくだろう。


 もうどうにもならない状況にあるのに夢は終ってくれない。現実には戻ってくれない。

 夢が現実になってしまったかのようだ。どうやら夢は現実を飲み込んでしまったみたいだ。

 現実で世を壊した大泥棒となり、人を殺した。

『これが現実か、これが現実なのか?』誰も教えてはくれない。温雅兼も消し去った。もう誰も語りかけてきてはくれない。

 とても孤独だ。孤独な夜の夢と現実の間。


夢であっても、人を殺すべきでない。

夢であっても、強盗なんてするべきでない。

夢であっても、小さな幸福を大切にするべきだ。


 ※


 2024年9月26日の朝日が昇る。

 私はビルの屋上で一夜を明かした。眠れない夜になるかと感じていたが、夢は飛んでいた。夢の中で眠り、夢の中で目が覚めた。

 一夜は明けた。現実に目覚めもせず、夢の中で眠り、夢の中で目が覚めた。


 東日はいつもより強く感じられた。

 0.5階の家具だらけの部屋では一人の人が死んでいる。私は殺したニシキ君だ。その事は何よりも強く覚えている。

 世間は昨日起きた全ての出来事など忘れてしまったかのように静かだ。

 昨日見ていた夢と、今日見ている夢は全く別の夢かのようだ。普通の夢ならそれが当然なのだが今日まで見てきた夢はそれが全く当然ではない。全くの皆無なのである。

 本来の夢なら前に見た夢とは繋がらず、自由でやりたい放題のはずだ。たとえ恐い夢を見ても、翌日は楽しい夢を見ている。穏やかな夢を見た翌日は戦争の夢を見ているなんてこともある。

 だから夢は自由でいいはずだ。恐くても、楽しくても、夢は一日限りだから気にしなくていい。

 夢が続いたら、夢に生きなければならなくなる。

 夢が続いたら、それはもはや夢ではない。生き抜かなければならない現実だ。

 見る夢を間違えたなら一度目を覚まし、もう一度思い直して眠り、夢を見直せばいい。

 でも私の見る夢は見直すことができない。夢で起こしてしまった出来事は次の夢にも続いている。犯してしまった夢での罪を一生持って夢の中で生きてゆかなくてはならない。


『ガガガッ』という音が辺りに響いて、屋上の扉が開いた。

 そこには大きくなったコウキ少年が立っていた。私は壁にもたれかかり、今も眠ったふりをしていた。

「おじさん。こんな所にいたの?」

 私はそう尋ねるコウキ君に眠ったふりを諦めて頷いてみせた。

「ここで一日過ごしたの?」

「ああ、ここで眠った」

「昨日一日は大変だったんだよ。あの後刑事に呼ばれておじさんの事をいろいろ聞かれて、でもよく考えたら僕はおじさんが誰なのか、最初から最後までずっと知らなかったから大した答えができなかった。僕はずっとおじさんがどこで育ったどんな人かなんて知らなかったんだ」

「俺も、おまえがたかたこうきって名前の少年である以外は何も知らない。お母さんの事も聞いたことないしな」

「話す事なんて別にない。僕は父親のいない母子家庭で育った。そして仕事の無くなった母親が僕を捨てたってだけのことだ。そんなの今はあちこちにある話だよ」

「俺も、仕事がなくなって、田舎にも帰るに帰れなくなった、ただの40代のおじさんさ。よくある話だ」

「それより大変なんだ。ニシキ君が、殺されたんだ。誰かに、銃で撃たれたんだ。何ヶ月か前から僕の所にいたんだ。ニシキ君はブルーモンキー団を嫌っていた。だから左の男や右の男を捕まえようと僕と一緒にいた。でも僕が部屋に戻ったら玄関の入口に倒れていた。刑事さんは言っていた。もう少し早く見つけられれば助かったかもしれなかったって。それから犯人はまだそう遠くには行ってないんじゃないかって。だから僕はその犯人を捕まえようと探しているんだ。おじさん、犯人は…」

 私はポケットから拳銃を取り出した。そしてそれをコウキ君に向けた。

「それ以上は話すな。それ以上、話すな!」

 強面(こわもて)になってコウキ君の言葉を(さえぎ)る。立ち上がり、彼の頭に銃の照準をしっかり合わせた。

「知っているんだろう?本当は?殺したのは、俺だよ。俺がニシキを殺した。俺はあいつが嫌いだったんだ。それから言っただろ?ブルーモンキー団のボスは俺だって。それからブルーモンキー団は国内中の銀行を襲ったが、昨日ことごとく失敗に終っているんだ。俺にはもう先がないのさ。少年よ。俺はもうただのトチ狂ったおじさんなのさ。わかっているんだろ?」

 太陽の光が徐々に強さを増す中、一歩二歩と後ろに後退する。私の影が大きく西へと伸びている。

 私は感じていた。この時が来たんだと。


 もうやるべきことは決まっている。少年はまだそれに気づいていない。呆然と私の方を見つめている。

 私はにやりと微笑んだ。

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