7.夢は思い通りになってくれない
毛皮だらけの部屋。私の視線に入らない場所で、細い男が私を見守っている。
他にここには誰もいない。左の男も右の男も、最終計画の事前準備のために出かけてしまっている。
私は何もかもが嫌な気分になった。落ち着かない気分を鎮めようと、静かな部屋で瞑想をして過ごす。
どんなに瞑想しても不安は尽きない。明日には何か悪い事が起こるのではないかと、不安に駆られる。心は落ち着かない。感情はとても不安定だ。
先日、テレビのニュースでは決起集会をやった講堂が映されていた。
講堂内は映されていない。外の映像だった。ニュースカメラマンはあの集会を嗅ぎ付けていたのだ。
映像では私と左の男がちらりと映っていた。そしてキャスターはそこにいる男こそがブルーモンキー団のトップだと告げていた。
私と左の男の映像はぼけていて鮮明には映っていない。それでもその映像は、少しずつ迫り来る国の手がかりになったずだ。
最近のニュースではアメリカ軍の活動が決定したと言う。民間人の安全を確保するため、空爆など大型兵器は使わず、陸上部隊のみの参加に決定したそうだが、1,000人規模のアメリカ軍隊が日本の内乱終結に動き出す。私たちは新たな強敵と戦わなくてはならない。
なぜ夢は、私の見たいままになってはくれないのだろう?
せめて夢なのだから、見たいままに見せてくれればいいのに。
今日見ているこの夢は、静かな夢だ。
こんな静かな夢も珍しい。誰もやってこないし、何も起こらない。取り残されたかのようにぽつりと毛皮に覆われた部屋の中にいる。
この森の中にある館は、世間と次元が繋がっておらず、ぽつりと存在しているかのようだ。
テレビが付いた。
『大変な事になりました。今、警官部隊が銀行の周りを覆っています。犯人はまだ中にいる模様です。彼はブルーモンキー団の一員であるとの情報も入ってきています』
どうやら計画を早まった奴が銀行を襲ったようだ。もしくは全然関係ない勝手にブルーモンキーの名を口にする奴が銀行強盗を行っているのかもしれない。
『パーン、パーン』
『只今、銃声が鳴り響きました。犯人は本物の拳銃を持っている模様です。この場も大変危険で、緊迫した状況が続いていております』
リポーターが現状を説明する。
「消せ」と、私は細い男に指示をする。テレビを勝手に付けたのも細い男だ。
テレビは消える。
状況の悪化は続いている。この夢は悪夢だ。楽しくない夢だ。心の疲れが取れない。
私はこの夢は終りにしなくてはならない。
2024年8月、この夢の終らせ方を考える。自ら見出した夢は自ら終らせなくては終らない。
どこまで夢を描けば、どうやって終わるのだろう。温雅兼が言うように、おそらく私はこの夢の中で負けるだろう。
それならばどうしたらいいか、激しい迷いが生じる。心は強く揺らいでいる。
※
真夜中になっていた。私は眠れずにもがいている。
夢の中で眠れない。夢の中で眠れずに布団の上に座り、時を過ごす。
暗闇の夢の中で、背後にボスの亡霊がいるのを感じる。
ボスは私だが、本当は私では無かった。私でない何者か、私の夢の中に入り込んだ。それがボスだった。
「失い続ける心を、好き放題奪われるままに失うのは御免だ。もう俺は俺として生きたい」
私はボスの亡霊にそう伝えてみる。
亡霊は何も答えない。
「ならば君はこの夢をどうするのかね?」
声は別の方向からやってきた。それはボスの亡霊の声ではない。|温雅兼だ。
「あんたはこの夢に意識を持って生きているのか?」
私は目を瞑ったまま、彼の質問に関係なく、私の質問をぶつける。
「わからないのか?君は私だよ。そして私が君だ」
「違う!俺は俺だ!おまえは俺じゃない!」
「君は一人の人間が一つの人格で出来ていると思いすぎなんだ。一人の人間にはいくつもの人格が宿っている。君はその中で意識上に存在する意識にしかすぎない。君は私にもなれたし、別の誰かにもなれた。でも君は最も危険な存在の誘いに乗った。それが何なのか、君は知っているはずだ」
「ボスは俺じゃない!俺は俺だ!どうして、俺をボスだと言う!右の男も左の男も俺をボスだと言う!」
「それは君がそう決めたからさ。そう決めた君に君のすぐ下にいる者は従わないわけにはいかないだろ?」
これは私が見ている夢だ。誰かの夢ではない。私が描く、私の夢。その夢を続けたいと意識の深いところでそう望み、いつまでも夢を見続けているのか。だったら私の自由にできるはずだと私は言いたいが、その事実は口から出したくない。
温雅兼がさらに話し続ける。
「君は君を抑えようとした様々な要求を無視してどこまでも破壊に向かった。君を捕えた存在は君の心を揺さぶり、君はその者の望むままにここまで来てしまった。もう止める事もできないところまで」
「その全ても俺だろ!?何か悪いのか?」
「それもまた違う。君は君が君でしかないと思っている。君はいくつもの人間の想い詰まって出来ている意識の塊にしか過ぎない。たくさんの想いが君の中に入り込もうとしている。そして君に望みを叶えてほしいと突き動かしている。君は君の意志で生きてはいない。誰かの意志に乗っ取られて歩んでいる」
『なら、どうしたらいいんだ?ここまで来て、何をどうしろと言うのか?』
そう言いたい声は声にならない。私は現実のように悩んでいる。
「あんただって、俺に入り込もうとしている別の存在なんだろう?」
自分で言ったのかもわからず、私は思わず温雅兼にそう尋ねていた。
「あるいはそうかもしれない。私ももう私が何者かはわからない。ただ私は、君の中で、私の意識と結合するのを望んでいた。それは確かだろう」
「ならば今は負け惜しみか?」
「それはどうかな?私はただ君が君に戻るのを望んでいるだけさ。別の意志に捕らわれてしまっている君が、本来の君に戻ればいいと」
妬みや僻み、怒りが包み込んだとき、私は溜まらない感情に震え出していた。その想いに落ち着かない心がある一点に集中させた。
『金を奪え!金をばら撒け!』
そんな望みなんてなかった。ただ行為による清々しさが胸を弾ませた。どこまでもそうしてしまいたかった。
『可能な限りそうしてしまいたいと願ったんだ。世の中の妬みや僻みが集まって、その想いを持つ全ての者の心に清々しさを与えてやりたいと感じていたんだ』
「消えるがいい。温雅兼。俺は恵まれない不幸な者どもの全てに希望を与えた。あんたの幸福論に興味はない」
「どうして、頑なになる。君の望みは、そこにはないはずだ」
「あんたの本拠地、その他全てのあんたが集めた金の在り処に俺の部下を忍び込ませた。あんたは全ての財産を奪われるだろう。そしてあんたは全ての地位を失う。あんたは俺に勝てない」
私は目を開いた。温雅兼は目の前で日本刀を持って立っていた。日本刀を自らの頭上に構え、今にもそいつを私の頭上に振り下ろそうとしている。
「残念だったな。温雅兼。おまえは俺の全てを目覚めさせてしまった」
「私を消そうとするのなら、おまえの持つ意識そのものから打ち砕いてやるわ!覚悟せい!」
温はそう言って、日本刀を振り下ろす。
私は瞬時に右手を左から右に振りつける。手の甲が刀を振り下ろす温の手の甲を叩き、刀は温の手を離れ、右へと弾き飛んだ。
「消えるがいい!温雅兼!」
その声と共に両手を開き上げ、温の胸にかざす。
手のひらから光が生まれた。光は徐々に広がってゆく。温はその光に包まれてゆく。眩い光は私の目さえも眩ませ、光の中心から再び闇が生まれ、外へと広がってゆく。
光は徐々に闇となり、温を包んだ光が全て闇に変わってしまった。その場所に温の姿かたちは無くなっていた。
それから私は叶えなくてはならない想いに捕らわれた。
もう私は一つでしかない。私を邪魔する私も消えた。
※
そしてまたどこかのホテルの一室にいた。
清潔に整理整頓された綺麗なホテルだ。とても静かだ。私は無音の世界に置かれている。夢のようだ。いや、ここは実際に夢の世界なのだ。
私を邪魔する者はいなくなった。もう温雅兼が現れることはない。迷いは消された。誰も私の行為を止めるものはいない。
夢の中で夢を実行してゆく。新しい情報が脳にはインプットされている。日本中の銀行を襲う計画が順調に進んでいる事を私は。右の男から多くの報告を受けている。
逆らう者もいない。誰もが私の計画を実行しようと素直に動いている。
かといって、一斉銀行強盗計画は団員たちがやる気になって動いているというわけでもない。ブルーモンキー団はすでに追い込まれている。あちらこちらで自衛隊とアメリカ軍によるブルーモンキー団掃討作戦が実行され、成果を挙げられてきている。
我々は少しずつ解散への道を歩んでいる。それでも今の計画を諦めずに実行しようとしているのは、この一発に賭けているからだ。これで失敗すれば全てが終わり、誰もがそう考えている。
この計画は一発逆転の最終手段なのだ。
「君はなぜ、俺を見守る?」
私は部屋の入口にいる細い男にそう尋ねた。
彼は私がボスになってからずっと私を見守ってきたが、今まで会話という会話をしたことはなかった。してきたのは命令のみだ。
細い男がまともに会話をできるかさえわからない。そんな男と少し話がしたくなった。でも、そこにいる人物も一人の人間だった。彼には彼なりの役目があった。
「わたしはずっと見ていたかっただけです。ここにある歴史をわたしは見ていた。ボスの真実をわたしは映していた。いつかあなたが語られる日のために」
「それは、どんな真実かな?」
「かつてあなたはとても小さな存在でした。心も意志もありませんでした。いつからか、あなたは一つの心を持ち、意志を持ち、突き進むようになりました。その一つ一つには理由があり、わたしはその理由を見てきた。細かく今語る事はできませんが、一つ一つの想いがあなたを変えていった。わたしはその事を理解しています」
それはこの夢の真実だ。
適当な夢を見ていただけのはずなのに、いつからか夢の行き着く先を求めるようになっていた。夢が物語化してゆく。
ただの夢を一つの筋書きのある物語に変えていった。実はこの細い男があらすじを書いているかのように物語は進行している。
「そうだな。おまえはいい所を見ている」
私は細い男にそう答えた。
細い男は一礼をした。
もうすぐ夢は終わるだろう。
細い男はこの夢を形にして残すだろう。私はそうなると知っている。私はこの夢を終わりにしようという意志を持っている。
今はまだとても静かな時間が送られている。
白い部屋の中のベッドに座っている。何もすることがない夢を見ている。
夢の終わりが来る瞬間を待ちわびている。




