5.いったいなぜ夢を見るのか
2024年の5月になる。ブルーモンキー団と国との戦争が始まり、4ヶ月が経った。
地方では多くのアジトが自衛隊に攻め込まれ、多くのブルーモンキー団が解散した。
その分、地方を追われたブルーモンキー団が都市部に一極集中化してきているという。
今、私は都市部にあるブルーモンキー団のアジトにいる。右の男が現状をあれこれと報告してきてくれる。
彼は現状の戦争を好んでいないブルーモンキー団の一人だ。ブルーモンキー団の中にも平和を愛する者はいる。彼らはどちらかというと貧乏人の味方でありたいだけで、大きな戦争を好んでいない。
そうでない者ももちろん多くいる。多くは国との戦いに勝ち、世界を変えると意気込んでいる。
私はかつて右の男に言った。
『ブルーモンキー団は誰が決めて出来たものでもない。ブルーモンキー団はただ金持ちから金を奪い、貧乏人にばら撒く行為を行う者たちのことだ』と。
右の男は私に尋ねてくる。
「世界にブルーモンキー団は広がった。いまや国内だけでなく、世界に、だ。誰も止められない。ボス、われわれはこの先どこに向うべきなのでしょう?」
夢に流され、夢を見るままに、夢の中で生きてきた。この先などというものは、私の脳にはない。
「この世は活気に溢れ出した。戦争が活気をもたらせた。人々は溜まった鬱憤をぶつけ合い、自分の意思のままに正当性を訴え、戦い合っている。それが不満か?」
右の男はいっさい笑顔を見せない。
「世の中はブルーモンキー団をよく思わない側の方が遥かに多い。確かに極貧の人間はばら撒かれた金を元手に商売を始めたり、家を買ったりして、活気に溢れている。われらを崇め、われらの味方になってくれている。しかし中にはブルーモンキー団だといって身勝手に暴れまわっている奴らもいる。世の中は徐々にわれらの居所を消し始めている。このままでは我らは消される」
『どうして夢世界は私の言う事を聞かない?』
これは私の夢なのに、夢は身勝手に悪い方向へと進んでゆく。その事に私は落ち着かない。
「ここに我こそはブルーモンキーだと思う人間を集めろ!もう一度、俺がそいつら言ってやる。俺は全ての意志の頂点に立つ男だ。俺がこの意志を伝えてやる」
「それによって何になるのでしょうか?」
右の男が歯向かうように言う。
「いいから、とっとと準備しろ!俺の言う事が聞けねえのか!いいんだよ。いいから俺の言うとおりにやれよ!」
怒り溢れてくる。こんな風に無意味に怒鳴ったのは初めてだ。
私は夢の中で我を見失っている。
右の男は頷き、部屋を出ていった。
『この夢は何なのだろう?この夢で何をしたくて、この夢を見るのだろうか?』
私にはもうこの夢が止められない。
※
私は壇上にいる。
大講義室のような場所だ。青白い光がこちらを照らす。客席はボスの一言目を待っている。
「2022年10月2日。俺の手配したヘリは地上に金をばら撒いた。世の中に嫌気の差した人間が大勢いる中、金は地表に降り注がれた。
何のためなのか。世のため、人のため?そんなつもりはない。誰のためでもない。自己満足でもない。ただ、時の流れがそうさせただけだ。誰かがやるべき事を誰かがやらなきゃあならならない。
時代は変わりつつある。変革の時に来ている。金に物を言わせてきた奴らを排除し、新しい時代を作る時が来ている。
俺は貧乏人に金をばら撒いたが、それは貧乏人のためじゃない。金の価値を失わせるためだ。世の中ではいくら稼いでも強盗団が奪ってゆく。そうすれば金を稼ぐ事の意味がなくなる。金を持っていたって奪われるなら、金は稼がない方がいい。ほどほどに稼いで後は拾った方がいい。拾った金で買い物をする奴がいる。拾った金なんかで買い物されても困る。だから金なんかいらねえ。物の方がよっぽど価値がある。世界は徐々にそうなりつつある。全ての金の価値が崩壊する。俺はそこを目指してきた。
今日、おまえらに集まってもらった理由は、その最後を成し遂げるためだ。いいか、よく聞け。すでにやっている奴もいるが、俺の指示じゃない。俺が指示を出したとき、おまえらは一斉にそれをする。そうしたら世の中の金の価値が完全に崩壊する。
簡単だ。いいか、2024年9月25日、一斉に銀行強盗を行う。俺ら全てだ。まだ2カ月はある。俺らには時間がある。十分に調べておけ。どこを襲うかはお前らの好き好きにすればいい。ただし日本銀行は俺ら中心の集団が狙う。全ての金を奪う。そして全ての金をばら撒く」
私はそう言って、壇上を去った。
ざわめく声が室内に響き渡る。威勢のいい、活気に満ちた声ではない。そこにあるのはただのざわめきだ。
舞台袖には右の男が待っていた。
「金を奪っても、世の中の中心となる金は電子化されている。いくら奪っても、奪いきれる事はない。申し訳ないが、貴方のやろうとしている事がうまくいくとは思えない。集まった奴らもそう思っている。彼らはこの世を変えようなんて意志はない。ただ自分が偉そうに振舞えればそれでいいだけの奴らだ」
眉をしかめ、右の男を睨む。
「いや、貴方のやり方を嫌っているわけじゃない。俺は貴方の考えや意志が好きだ。だが、事実は事実。現実は現実だ。それをしっかり伝えなくてはならない」
「これは現実か?おまえはそう思うか?」
「そうだな。そうだ。確かに、これは現実なんかじゃないかもしれない。すでに十分現実離れしている。しかし、この先に来るのは現実かもしれない」
「おまえはどうする?この先」
「ここまで関わって、どうする事もできないさ。牢獄で冷や飯を食わされるくらいなら、あがくところまであがく」
「なら、おまえが日銀を襲え。おまえがリーダーだ」
右の男はしばらく答えずに黙っている。
「左の男には印刷局をやってもらう。反対がいいか?」
「いえ、結構です。できる限りのことはやらせていただきます」
私は手を振り、右の男と別れた。
何事もないかのような平穏な時間が流れている。
私は公園にいる。いや、ここはどこかの大学の敷地内だ。
大学は夏休みに入っていた。私は講義のない静かな講堂をお借りして、演説を行ったわけだ。
講堂を出た階段の下に黒い車が置いてあるのが見える。
運転席には一人の男が待っている。左の男だ。
私は真夏の暑い日ざしを嫌いながら階段を下りた。
左の男が運転席から降りてきて私を出迎える。
「予定通り行きましたか?」
「そうだな。全ては予定通りだ。おまえは計画通り実行できるんだろうな?」
「ええ、もちろん。ボスの言うとおりに動きますよ」
そしてにやりと微笑む。いつも思うが、右の男と違い、左の男は何を考えているかわからない。人間的な違いなのか、それとも夢の一部であるせいか、私にはわからない。
私は車の後部座席に乗り込み、運転席に座った左の男が車を運転し出す。
この先どこへ行くかはわからない。また新たな犯罪を行うのだろうか。
何かとんでもない事をしでかそうとしている。これは夢だが夢であってもこんな事を考えている自分がいる。こんな事を考えているだけで逮捕されそうだ。
『これは夢だ』
私は何度も自分に言い聞かす。
『これは夢だ。私の話している言葉じゃない。これはあくまで夢の私が勝手に話している勝手な言葉でしかない』
そうやって罪から逃れている。
夢は2024年8月になっている。




